SSENSE 2019年秋冬
トレンドレポート PART 1

次シーズンと未来のスタイル ガイド

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • アートワーク: Tobin Reid

ファッション業界において、秋冬は重量級のシーズンだ。1年の中で、ファッション雑誌が最も大々的に報じ、デザイナーたちが早々と準備に着手するのが、このシーズンだ。ボリューム満点で、雑誌のコレクションにもってこいの、豪華写真も豊富な9月号には、あらゆるキャンペーンやエディトリアル、そして商品が所狭しと詰め込まれ、ファッション史に永遠にその名を刻む。秋になると、私たちもまた、より多くのアイテムを見せびらかし、気候が涼しくなることを心待ちにしながら、重ね着にお金をかけ始める。自分独自のスタイルに磨きをかけるつもりであれ、完全に新たな自分に生まれ変わろうとしているのであれ、このファッション トレンドとその背景を知っておいて損はない。そういうわけで、何を着込むか検討する際は、ぜひこのSSENSEの2019年秋冬トレンドレポートを便利な手引きとして使ってほしい。ではパート1をどうぞ。

ジョーカー2.0

今年の10月は、ホアキン・「フェニックス」(Joaquin Phoenix)のように灰から甦ろう。そして、監督トッド・フィリップス(Todd Phillips)が思い描くゴッサム・シティの世界で、狂気に堕ち、ジョーカーとして暴れまわる、売れないスタンダップ コメディアン、アーサー・フレックからオシャレのヒントを確実に掴むべし。このスーパー ヴィランの色彩鮮やかなテーラリングの歴史に敬意を表し、衣装デザイナー、マーク・ブリッジス(Mark Bridges)がデザインしたジョーカーのスタイルは、緑、赤、マリーゴールドのスリーピース スーツに、同系色の髪にピエロのメイクアップと、完全に、それも気味が悪いほどにクラシックだ。この演出は恐ろしいものになるかもしれないが、流行が待望のハンサム スタイルへの回帰へとますます向かう中、秋になれば、街にはジョーカー風のシルエットが溢れるようになるはずだ。Dries Van Notenのモデルたちはタイダイのスーツでランウェイを歩き、一方、フランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)のMarniメンズは、あえて言えば「グランジ風ジョーカー」だった。控えめな色調のサイケデリック柄にモヘア、それに無表情が合わさって、まるで次から次へと登場する着ぐるみだ。Ralph Lauren Purple LabelやCobra S.C.に加え、E. Tautzも、伝統的な服としてではなく、伝統そのものを作り直すチャンスとして、スーツを捉えている。E. Tautzの遊び心とその着心地の良さは、だらしない着方が、思いも寄らない洗練された着こなしになりえることを示している。太畝のコーデュロイやベルベット、グリーンのタータン チェックを使ったスーツなど、他にも例は多々ある。FendiPradaからPaul Smith、ファッション イースト出身の期待の新進デザイナー、Mowalolaまでが、すさまじい勢いでレザーを使ったテーラリングを取り入れ、憂鬱極まりないといった様子で「何まじめくさってるの?」と言わんばかりのジャケットやトレンチコートを発表している。これはゾクゾクする! ということで、Off-Whiteまでがジョーカーの流行に飛びつき、新しいスーツ スタイルを純粋なDCコミックのファッションとして解釈している。角ばったショルダー ラインのデコンストラクトなデザインのブレザー。誇張されたプロポーションは、確かに、マンガっぽいところがある。

この一連のトレンドに乗った、もうひとつの意外なブランドがLemaireだ。洗練されたラグジュアリーで知られる、上品なフランスのブランドがジョーカーの服をデザインするなど、そぐわない気がする。だが、2019年秋冬コレクションで見られた、全体がグリーン1色のデニム ワークウェアのルックは、どう見ても「ジョーカー リアリズム」だ。すべてのヒーローがマントをつけているわけではないと言うが、すべてのヴィランにコスチュームがあるわけでもないのだろうか…。

だがおそらく、ナイジェリア出身のケネス・イズ(Kenneth Ize)ほど、このトレンドを体現しているデザイナーはいない。彼の未来志向のデザインは、色彩や機織り技術、ナイジェリア伝統の手工芸がもつ魅力に焦点を当て、テーラリングに新しい息吹をもたらしている。イズの世界は、ジョーカーの世界よりはるからに明るい。だが、水玉にタータン チェック、大胆なパープル使いなど、「雰囲気」は完全にジョーカーだ。イズの世界はジョーカーの別バージョンのエンディングなのだ。とはいえ、それでさえ不吉な感じではあるが。

大自然のフィーリング

ファッションは完全に野生の側に堕ちた。これは確定だ。2019年秋冬コレクションでは、都会の街中よりも家の庭にふさわしいような服が登場した。実用的なアイテムに、カーゴ パンツの数々、カバーオール ジャケット、それにキャンバス地。モデルが花に変身するRichard Quinnの服のような、花屋さんの夢が現実になったようなスタイルだ。さらに、辺鄙な田舎で撮影されたルックブックも続々と登場した。Jacquemusの架空の農場をテーマにしたコレクションと、山羊などを思い出してほしい。バスケット バッグや山腹でのピクニックに履くためのハイキング ブーツなど、小物も揃っている。スタイルの仕上げには、ジュエリー デザイナー、Anne Mannsの豆の鞘を模したスタッド ピアスや蔓草のようなイヤリングまである。ファッション業界でサステナビリティが無視できなくなっている今、アウトドア装備にとどまらず、あらゆるナチュラル アイテムが花開き始めている。さらに、この夏の2020年春夏のショーから判断する限り、ようやく誰もがオーガニックを受け入れる気持ちになったようだ。この新たに発見された自然尊重の精神が、単なるスタイルにとどまらないことを期待しよう。やはり、ここで対抗手段となるのは、化学染料ではなく、天然染料だろう。

ロゴの終焉

ロゴマニア? そういえばそんな時代もあった。デカデカとしたロゴの時代が。ファッションの常ではあるが、今や流行の振り子が逆の方向へ振れているのは明白で、2019年秋冬コレクションのポイントは、控えめな姿勢や地味さを受け入れる姿勢だ。先シーズンでは、全面柄のプリントの上下や、ロゴを前面に出したプリントに買い物客たちは押し寄せていたが、ハイプ疲れがはっきりした今、次々と出てくる超トレンディな(ミディ丈のヒョウ柄スカートみたいな)アイテムより、長く愛用できる「投資アイテム」の方がずっと魅力的になりつつある。別に、柄モノやカラフルなアイテムに人気がないと言っているのではない。ただ、ウエスト ポーチに合わせた完全にサイケデリック調のスタイルというよりも、上品にちらりと見えるタイダイ模様に向かっているということだ。AMI Alexandre MattiussiLemaireTotême、Wardrobe.NYCなどがその例だ。2019年秋冬シーズンでは、グレードアップしたベーシックが戻ってきた。無地のTシャツが、これほどカッコよく見えたことは、いまだかつてなかったはずだ。

シェールの時代

「あの頃に戻れたなら…」と、シェール(Cher)は1989年のアルバム『Heart of Stone』で歌っている。とはいえ、彼女が昔に戻りたがる理由は、まったくもって定かではない。シェールは、女性ソロ アーティストの中でも最も華々しいキャリアを築いたひとりであり、時を経るごとに、ますますカッコよくなり、知名度も上がる一方に思われるからだ。キム・カーダシアン(Kim Kardashian)は、シェールにオマージュを捧げる服を数多く発信してきたし、シェールを「誰よりも見ていて面白い」と考えていた。シェールは、非常に多くの偉業を達成した時代の象徴のひとりであり、ポップカルチャーの歴史に残る重要な時期に幾度となく表舞台に立っていたので、今なお現役だというのが信じられないほどだ。彼女はジャクソン5(The Jackson 5)と一緒に歌い、主演映画『月の輝く夜に』でアカデミー賞を受賞し、オートチューンを世に広め、その間にも数多くのスタイルを披露し続けていた。最初は典型的な60年代風オレンジや、ニット、フレア、チュニックなどソニー&シェール(Sonny and Cher)時代のスタイル、さらに70年代後半にスタジオのセットで見せた、絶えずキラキラと輝くドレス、さらには羽飾り、グリッター、頭飾りの数々、垂れ下がったディアマンテ装飾、80年代には全身網タイツ、革パンツ、レザー、アカデミー賞でのスキャンダラスなまでに大胆なカットアウトのドレスの数々と、枚挙にいとまがない。2019年秋冬シーズンは、Alexander Wangの2019年秋冬コレクションで見られたレースのボディスーツや、Saks Pottsのキラキラのストレッチ ナイロンとフェザーをあしらった帽子など、時代を超えて、私たちはシェールに近づきつつある。

サソリの黒

絶えず変化を続けるポップ カルチャーの潮流を、急成長するトレンド唯一のバロメーターと考えるのはたやすい。トリニティからベラ・ハディッド(Bella Hadid)まで、同じ光沢のある黒のパテント レザーやPVCを身につけた過去のアイコンを、念入りにキュレーションしたTL上で、私たちは幾度となくスクロールしてきた。そしてそれを、90年代やネオ マトリックス、タクティカル、ゴミ袋、フェティシズム的な意味で「ストリートでクレイジー」などとカテゴライズしてきた。明白なのは、この手の黒、言い換えれば、滴るようなウェット感や濡れた艶っぽさからなる魅力というのは、何も新しくないということだ。ただし、古びることも決してない。特に、世界でもっとも効率の良いリサイクル業者 (つまりはファッション) が関係する場合は、なおさらだ。あるいは、それこそが自然にふさわしい称号かもしれない。永遠のイノベーターという意味でも、私たちは自然に対して感謝すべきだろう。私たちがもっとも愛する黒の形、サソリを世にもたらしたのは自然なのだ。膨らみのある光沢、巨大な黒曜石の色をしたサソリのようなアイテムは、BalenciagaからBottega VenetaComme des Garçons、Lemaireにいたるまで、2019年秋冬コレクションのランウェイのあちこちに姿を見せていた。今や毒を吸いすぎて周囲にまで撒き散らすことにも慣れきってしまい、もはや、その毒を身にまとうまでになっていることを、ファッションは示しているのかもしれない。2019年の私たちは毒性が高い。

スクエア トゥ

ボリュームのある厚底スニーカーが、「ダサかっこいい」靴の最先端になってかなり経つが、今シーズンは、このスニーカーに劣らず論争を呼ぶスタイルに注目が集まっている。スクエア トゥのシルエットの登場だ。ボリュームは控えめで、より大人っぽい。そして、荒野から会議室、カウボーイ文化からオフィス ウェアまで、どのような環境にも完璧に適応可能だ。体に着るのがパワー スーツなら、まさに足元のパワー シューズとなるスタイルだ。「スクエア(square)」という言葉自体、堅実さや慣例主義に関連づけられることが多いが、Rick Owensの武器みたいなヒール ブーツや、Martine Roseの80年代風クロコ型押しのローファーという、一風変わった因子が存在するのもまた事実。過去においては、スクエア トゥを履くのはためらわれたかもしれないが、この2019年秋冬シーズンにおいては、目を丸くするほどに、つま先も丸ならぬ四角に広がっているのは明らかだ。

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • アートワーク: Tobin Reid
  • 翻訳: Kanako Noda
  • Date: July 5, 2019