SSENSE 2020年春夏 トレンド レポート PART 1

次シーズンと未来のスタイル ガイド

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • イラストレーション: Tobin Reid

春は新たなスタートを切り、物事をすっきりと整理し、ブーツとマフラーと手袋を脱ぎ捨てるときだ。ただし2020年春夏シーズンは、重ね着の枚数より、マイクロプラスチック流出量の削減を耳にすることと思われる。合成繊維の衣類1枚を1回洗濯するだけで、なんと70万本の有害繊維が抜け落ちるのだ。来るべき春夏シーズンに向けてトレンドの多くは未だに過去からテーマを拾っているものの、環境に及ぼすファッションの影響を認識する議論が大きく様変わりしたのは、喜ばしい限りだ。鍵はイノベーションにある。デザイナーはアップサイクルの可能性を探り、ファブリックは変異を遂げ、シルエットは変化している。2020年代突入とともに、トレンドの新たなフロンティアが姿を現わす。さあ、SSENSE 2020年春夏トレンド レポート PART 1が道案内を務めよう。

『ユーフォリア/EUPHORIA』のカーニバル スタイル

確かに、ファッション界は70年代と80年代のファッションを繰り返し復活させる。だが、1978年の大ヒット映画『グリース』でサンディがやってのけた驚きの大変身でさえ、話題のハイスクール ドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』に登場するカーニバル スタイルには、到底太刀打ちできない。HBO局から放映が開始されるや、トレンドに敏感な10代、いやそれを言うなら成人女性までが敏感に反応した。彼女たちのウェア、メイクアップ用品、Instagramのフィードには、タイダイ、ミニチュアサイズのナップサック、一生分のパーティを通じて困らないほど多量のシークインが溢れかえった。2020年春夏は、『ユーフォリア/EUPHORIA』シーズン2への期待がいっそう高まっている。Palm Angelsのフランチェスコ・ラガッツィ(Francesco Ragazzi)がデザインした蝶は、教室から飛び去るだろう。Versaceのビューティ ルックは、パステル カラーに染めたヘアを取り上げる。Fendiのバック ステージで見かけたベラ・ハディッド(Bella Hadid)のスタイルは、ジュールズのシンボルになったメッシュのシャツと、ルーのグリッターで作ったキラキラの涙を彷彿とさせた。『グリース』と違って、サム・レヴィンソン(Sam Levinson)監督の『ユーフォリア/EUPHORIA』は、ハッピーエンドを誘う衣装に興味がない。現実と折り合いをつけるほろ苦さ、そして時として訪れる喜びの陶酔を見据えて、ドラマは展開する。

キャンディ ランド

もしも「キャンディ ランド」がただの美味しそうなファンタジーではなく、実在する宇宙だったら、市長にふさわしいのは「イゴール」だ。アルバム『IGOR』に出てくるタイラー・ザ・クリエイター(Tyler the Creator)の分身、イゴールは、毎日違うパステル カラーのスーツを着て、町を治めてくれるだろう。2020年春夏シーズンのランウェイは、明らかに物事の明るい面に目を向けている。世界の終末を感じさせるスタイルが登場した数多くのショーとは、興味深いコントラストだ。Jacquemusのモデルたちは、パープルのラベンダー畑に伸びるピンクのランウェイを、パステル調の緩やかなスーツで歩いた。同じくフランスのブランド、Officine Généraleは、ピンクのパーフェクトなスーツをストライプのTシャツと組み合わせて永遠のスタイルを主張し、ホワイトのスニーカーで仕上げた。GivenchyBottega Venetaのように「真面目な」ブランドでさえ、それぞれ魅力的なソフト ピンクとソフト ブルーのブレザーを登場させて、ショーに軽やかさを添えている。ここでアドバイスをひとつ。思いっきり可愛いスタイルは、Balenciagaの「ハロー・キティ」バッグで決まり。酸っぱいグミと産毛のある桃を持ち運ぶのに、これ以上にふさわしいバッグはない。

脱皮のメッシュ

ヘビは定期的に皮膚を脱ぎ捨て、より大きくより強く成長を遂げる。役に立たなくなったものを捨て去る行為にはカタルシスが伴う。そして、メッシュがあちこちに顔を出す2020年春夏シーズンへの移行にも、カタルシスの精神が欠かせない。メッシュはヘビの皮膚と似ている。凸の部分があり、凹の部分がある。目の密なものから粗いものまで、整然とした網目模様からルースまで、テクスチャは多種多様。ゆったりと垂れ下がったり、ぴったりと貼りついたりして、過渡期にある精神を暗示する。見せているのか、隠しているのか? 悪癖や心をむしばむ恋愛関係を捨てて本当の自分へと成長していくとき、「次へ進む心の準備はできている?」と聞かれたら、メッシュは必ず「イエス」と答える。

青いサンゴ礁

自分だけのビーチも良いが、まずは自分だけの素敵なビーチハウスを見つけよう。真っ青な波が寄せては返す渚からほんの数歩で、のんびりと休暇を楽しめる秘密の隠れ家だ。青緑色の宝石のように透き通った海は、決して僻地ではないけれど、人影はまばら。そもそも休暇というのは精神の状態なのだから、予定を止めてのんびりし、フェイスマスクに時間をかけ、南国の島ならぬソファに腰を落ち着けるだけでも、若返り効果はある。だが、実際に気候の良い場所へ出かけるとなれば、それなりの装いが必要だ。『T Magazine』の紀行文、『トーマス・クラウン・アフェアー』のフェイ・ダナウェイ(Faye Dunaway)とレネ・ルッソ(Rene Russo)、イタリア、アマルフィ海岸にあるラヴェッロでバカンスを楽しむリー・ラジウィル(Lee Radziwill)を頭に思い浮かべよう。先ず、The Rowのリラックス感たっぷりなベージュやエクリュの服。とにかくThe Rowのものなら何でもいい。コシのある爽やかな肌触りのコットン、クルーネック、ホワイト デニム、Tevaのレザー サンダル、洗練されたレイヤード…。The Rowのミニマルなシルエットは、ビーチウェアを絶対に手放せないマスト アイテムに変える。Givenchyのアーティスティック ディレクター、クレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)のデザインも同じように抑制されて着やすいが、少しばかりランウェイ的なドラマの要素がある。バカンスの装いは、常に、映画の1コマのようでなくてはならない。日暮れ後もサングラスをかけ、タン カラーのレザーを着る粋な女性になろう。タンならどんな色調でもOK。いや、あらゆる色調のタンを動員すべし! Max Maraをはじめとするブランドは、仕立ての良いショーツやスポーティなレザーを提案している。ちょっと日帰りで近くの海辺の町まで、というときに最適だ。 Khaiteなどは、もっぱらルースでゆったりとした普段着を追究し、Jacquemusに代表される遊び心全開のファッション シーンで、最高にシックな難破船の雰囲気を醸し出している。Bottega Venetaは、引き続きセクシーなレザー使いが特徴で、2020年の春夏コレクションでは、さらにフェティッシュなバケーション ウェアを展開した。とにかくサンダル、サンダル、多彩なサンダル。ワン ショルダーのドレス、帆船の帆を連想させるシルキーなトップス。レザーは、90年代風のベビー ブルー、クリーミー コーヒー、ボーン ホワイトといった夏らしい色調だ。Lemaireのコレクションでは、緩い自然体のテーラリングとベルト使いが特色のノンシャランスが健在だ。コートは、曲線の美しいThonetのチェアの背にさりげなくかけるのが、絵になりそう。洗練され、目が肥えた大人のノスタルジーを表現するブランドの特色が、これまでにも増して強く主張されている。ちなみにノスタルジーの点では、ひと昔前の車のシート カバーのような木製ビーズで作ったバッグは、「イット バッグ」という言葉を嫌悪する人々もたちまち恋に落ちるアイコニックな一品だ。Lemaireのある種の厳格さもある落ち着いたデザインは、欲しいものを、より正確には、欲しくないものをはっきりと認識している人のバカンスにぴったりだ。そして最後に、秘密の隠れ家とくれば、秘密の宝物! いちばん大切なディテールだ。日焼けした肌と豪華に煌めくゴールドほど、過ごしたバカンスを如実に物語るものがあるだろうか。あるいは、海底で眠っていたような、そうでなければ地元のアンティーク ショップで「たまたま見つけた」ようなジュエリーがいい。Alighieriがハンドメイドする未加工メタルのジュエリーは、独特の輝きが時空を経た過去を空想させる。ふたつと同じものはない。まさにバカンスの帰路にふさわしいジュエリー、ひと目で特別なものだとわかる宝物だ。

バスタ・ライムス

1998年に大ヒットして伝説のシングルとなった「Gimme Some More」で、バスタ・ライムス(Busta Rhymes)は、大物集団に入れないのなら自分が大物になるしかない! と教えてくれた。ライムスは同時代の作詞家のなかでもひと際抜きん出ているばかりか、独自のスタイルを持ち、ミッシー・エリオット(Missy Elliot)、ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)、パフィ(Puffy)、ハイプ・ウィリアムス(Hype Williams)らと共に、90年代の派手で未来主義的なスタイルを作り出した。以後彼らのような集団は現れていないし、彼らの影響は今なお、現代のデザイナーたちを刺激し続けるインスピレーションの源だ。2020年春夏シーズンに、Anne DemeulemeesterGmbHRick Owensは揃って、セクシーなサイボーグを思わせる輝くシルバーのルックをランウェイに登場させた。ラップがレッド カーペットを賑わした90年代や、大きな予算をかけたミュージック ビデオの撮影が頭に浮かぶ。光沢を放ちつつドレープを描く斬新なデザインで、豪華に寛ぐ。それが基本だ。例えば、シルクのパジャマとVersaceのベルベット スリッパ。意見は色々あるだろうが、何はともあれ、着こなしに欠かせない「自信」は着る人の責任なのでご注意を。

茶色の紙袋

茶色の紙袋以上にミニマルなものがあるだろうか。それでもなお、ミニマリズムを求める私たちの欲求は満たされないようだ。シンプルを絶対の信条とするThe RowやLemaireは、今シーズン、熟練の技を披露してみせた。豪華な素材、これ以上はないほどにベーシックな色使い、ラインの明確なシルエットで、雄弁に表現してみせる。ファッションには永遠の金科玉条があるのだ。すなわち、確かなミニマリズムは決して廃れない。単調は最強の刺激になりうる。

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • イラストレーション: Tobin Reid
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: January 3, 2020