SSENSE 2020年春夏 トレンド レポート PART 2
次シーズンと未来のスタイル ガイド
- 文: SSENSE エディトリアル チーム
- イラストレーション: Tobin Reid

春は新たなスタートを切り、物事をすっきりと整理し、ブーツとマフラーと手袋を脱ぎ捨てるときだ。ただし2020年春夏シーズンは、重ね着の枚数より、マイクロプラスチック流出量の削減を耳にすることと思われる。合成繊維の衣類1枚を1回洗濯するだけで、なんと70万本の有害繊維が抜け落ちるのだ。来るべき春夏シーズンに向けてトレンドの多くは未だに過去からテーマを拾っているものの、環境に及ぼすファッションの影響を認識する議論が大きく様変わりしたのは、喜ばしい限りだ。鍵はイノベーションにある。デザイナーはアップサイクルの可能性を探り、ファブリックは変異を遂げ、シルエットは変化している。2020年代突入とともに、トレンドの新たなフロンティアが姿を現わす。さあ、SSENSE 2020年春夏トレンド レポート PART 2が道案内を務めよう。

Victoria’s Secretの昇天
2019年は、天国—もしかしたら地獄?—の住民がひとり増えた。新入りはVictoria's Secretの天使だ。長年にわたり、百万ドル、千万ドル単位のファンタジー ブラで話題をさらったランジェリー ブランドだが、近年は売り上げが低迷し、ついに2019年は毎年クリスマス前の恒例だった冬のファッション ショーが中止された。もはや過去の遺物となった美の基準、お決まりのモデルたちはもちろんのこと、例の天使の羽根も舞台を失った。だが、心配はご無用。Victoria's Secretは去っても、2020年春夏シーズンにふさわしいセクシーは健在だ。例えば、ラテックスのロング グローブ、ハードウェアのディテール、ブラなしで着るメッシュのトップス。おまけに、展望も明るい。Rick Owensのランウェイには、ジッパーを半分だけ上げて胸をはだけたジャンプスーツやシャツ風に羽織ったジャケットが登場した。ロンドン発のSupriya Leleは、ウエストを絞ったシルエット、ストラップを駆使したトレンチ コート、ルーズフィットな下着のように見えるグリーンのショーツなどのコレクションを披露した。Ann Demeulemeesterが表現する女性は、深くスリットの入った黒のミニ スカートからフィッシュネットのアンダーガーメントを大胆に露出して、迫力のある存在感をみせつけた。お手本は、クイーンの異名をとるリアーナ(Rihanna)だ。なにせ彼女は、Savage × Fentyの生みの親だから。

バッグのビュッフェ
すべての人に「イット バッグ」を! 2020年春夏シーズン、ハンドバッグは解放された。マストな形、マストなカラー、マストなサイズは一切ない。なんでもありだ。Thom Browneのクロスボディ バッグはフットボール形だけど、それが何か? もっと「造形的」なバッグだってある。JW Andersonはベースボール キャップ形、Marine Serreはチェーンのショルダー ストラップをつけたボール形という具合だ。Rhudeに至っては、小型バッグのトレンドをメンズウェアに取り入れ、文字通りタバコのパッケージにそっくりなバッグが誕生した。もちろん、永遠のクラシックであるバゲット バッグを忘れることはできない。これも、スネーク プリントのファブリックからパテント レザーまで、あらゆるバリエーションが勢揃いだ。2020年春夏シーズンは、まさにバッグのビュッフェ状態。どれでも、目につくものを片っ端から手に取ろう。

ピーチ姫
ピーチ姫は、8ビット マリオに生きる意味を与えている半分キノコの女神だ。だが、永遠にマリオの手には届かない。謎に包まれ、すばしっこく、意志が強く、よく笑う。一方で、彼女が素晴らしいスタイル アイコンであることは、正しく認識されていない。袖が丸く膨らんだピンクのドレス、上半身をぴったり包み込む凝ったボディス、ヒップラインを美しく見せるバッスル、ジュエリーで飾られた王冠、優雅なホワイトの長手袋、時にはそんなスタイルにぴったりのパラソル。うら若き乙女であるピーチ姫は、当然ファッションには熱心なのだ。一方で、クッパを打ち負かすためにはずるい手を使うことも厭わない。さて2020年春夏シーズンは、そこかしこにプリンセスの要素が見受けられる。Comme des Garçons、GmbH、Dior Hommeは、ラッフルやローズ系の色使い。Ashley WilliamsやThom Browneは、バッスルに刺激されて、ウエストを絞ったデザイン。Molly GoddardとSimone Rochaのデザインは初めからプリンセス風だけれど、とにかく今シーズン、ピーチ姫の影響力が上昇中だ。

『マスク』
私たちと色の関係は、良く言っても移り気だ。あるシーズンは鮮やかで大胆な色を好み、次のシーズンは冷たさを感じさせる抑えた色へと揺れ動く。2019年度CFDA/Vogue ファッション ファンド アワードを受賞したクリストファー・ジョン・ロジャーズ(Christopher John Rogers)から色予想ができるとすれば、今シーズンはあくまで大胆に主張する派手な色が主役だ。最近のシーズンではかっちりした仕立てのビジネスライクなシルエットが復活していたけれど、間違っても「仕事がすべて、遊びはなし」などと勘違いしてはならない。その反対に、今年のインスピレーションの源は、カラフルでエネルギッシュなスタンリー・イプキスこと、ジム・キャリー(Jim Carrey)が怪演した『マスク』の主人公だ。イライラするほどにひょうきんなイプキスは、神経に障ることもあるかもしれない。が、大切なメッセージを教えている。つまり、それほど生真面目にならなくても成功を手にすることはできるのだ。関節が白くなるほど拳を握りしめて外見や肉体を律し、職場で有能を見せかけたって、報われることはほとんどない。ならば、ネクタイを緩め、明日はカナリア イエローやケリー グリーンのスーツでもいいじゃないか。2020年は、個性こそ優秀なプロフェッショナルの印だ。

キャプテン ブランチ
さあ、全員船に乗り込め! 新しいマリン ファッションを目指す2020年春夏シーズンに、乗り遅れないようにしよう。都会で見せるショーツとSperryのデッキ シューズのスタイルは、全身からリラックス感を発散する。ダウンタウンと甲板の組み合わせには、ブルックリンでのブランチと同じくらいヨット クラブの雰囲気も漂っている。ローファーは素足で履く、Poloのストライプのスイム ショーツをオールシーズンで愛用する、毎朝Noahのバケット ハットをかぶっては鏡の前でチェックする。そんな人はすでに、今シーズンのスポーティなキャプテン ルックを着こなす下地ができている。Loeweの水夫服をヒントにしたセーラー カラーのシャツや、Pradaのストライプのショート スーツはどうだろう。水着が全身ウェアであった時代を彷彿とさせるではないか。

ファン・ゴッホ
干草の山、星明かりの夜、ひまわり…。今年の夏、ファッションはオランダへ向かう。ニットウェアもイブニング ウェアも、ファン・ゴッホ(Van Gogh)が描いた田園地方の風景を思わせる。麦わら帽、農夫たちの身なり、たっぷりと絵具をのせたタッチ、そして花粉のイエロー、ペール グリーン、さまざまな色調のブラウンとブルー、土から掘り起こした野菜の中間色といった色使いの世界だ。例えばJacquemusは、ランウェイ自体がラベンダー畑の真ん中に作られたのもさることながら、すべてのルックが自然あふれる戸外にこそふさわしい。シモン・ポルト・ジャックム(Simon Porte Jacquemus)がデザインする軽やかで誇張したシルエット、麦わらで編んだキャリーオールやバケット ハット、ふんだんに陽光を浴びたようなカラーは、希望と遊びの精神に溢れ、闊達で陽気なブランドの面目躍如といったところだ。もっと絵画的な選択肢としては、Collina Stradaが都会的な感性を大胆に主張しているし、Charlotte Knowlesのボディ コンシャスなフローラル柄のデザインは、深みのあるオレンジ イエロー、ゴールドを使った花びら模様、迷彩風の植物モチーフ、メタリックなリップグロスがどこかおとぎ話の世界のようで、解放感を感じさせた。Marine Serreからは、マクラメ編みのバッグと植物の模様のパッチワーク。マクラメやパッチワークを現代的に表現できるのは、Marine Serreくらいのものだろう。Palomo Spainは案山子に着想を得たスーツを登場させ、Nanushkaはフリンジやフィッシュネットのディテールが目を引いた。詩的なニットということであれば、 Missoniや、ロープやストラップを斬新に活かしたStella McCartneysも見逃すことはできない。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が描いたLoeweのワンダーランドはちっとも鄙びた田園風ではなかったけれど、レース、フレアのシルエット、小麦のようなトープをはじめとする色使いで、のびのびとした戸外の雰囲気、日陰を追いかけて過ごす長い午後の時間を、最高にロマンチックに味わわせてくれた。だが、後期印象派であったファン・ゴッホの影響をもっとも反映しているのは、何と言ってもDiorだ。マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は、素朴なプロヴァンスの農地を表現した服をランウェイに送り出した。干草で作ったようなサンドレスやゆったりとドレープする野草モチーフのセーターは、羊や山羊がのびやかに草を食む牧草地を連想させる。今年夏シーズンのDiorを象徴するのは、ファン・ゴッホの『庭を歩く女性』だ。さあ外へ出て、新鮮な空気を呼吸しよう。
- 文: SSENSE エディトリアル チーム
- イラストレーション: Tobin Reid
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: January 16, 2020