究極のRPG
Comme des GarçonsとJunya Watanabeでファッションとコスプレの境界を探る
- 文: Tony Wang
- 写真: Rob Kulisek / CXA

アイデンティティとは、かなり不安定な概念である。
亜原子粒子の振る舞いが不確定性原理に基づくように、自分が何者なのかは、他者からどう認識されるかによって変化する。私たちのアイデンティティは、演技とリアルの境界を曖昧にしてしまう複雑な社会的相互作用によって成り立っている。
今日、めまぐるしく変化する文化と加速し続ける技術によって、この相互作用が、かつてないほど入り組んだものとなっている。仮想現実は、私たちの自我を新たなデジタルの地平にまで拡大した。それに伴い、今までにない方法でアイデンティティを表現したり、理解したり、あるいはアイデンティティが崩壊したりするようになっている。

モデル(右):ドレス(Junya Watanabe) 冒頭の画像 モデル着用アイテム:コート(Comme des Garçons Homme Plus)
「人に見られる」ことによって形成されるアイデンティティといえば、思い浮かぶのが、社会的には全く別物として位置づけされる、ファッションとコスプレだ。コスプレとは架空のキャラクターに扮する行為であり、ヘアスタイルから服装、はたまたキャラ特有の癖に至るまでのすべてを合致させる行為だ。このコスプレを支えるのが、ゲームやマンガ、アニメなどのもつ豊かな文学性とグラフィックである。
ファッションデザイナー川久保玲のComme des Garçonsや、ゲームデザイナー横尾太郎による『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』を見ればわかるように、ファッションもコスプレも、アーティストによって描かれた空想の世界に飛び込んで、多いに楽しむものだ。両者の考える衣服やスタイルは、主に、その世界に入り込み、それが偽りであれ本物であれ、自らのアイデンティティを表現する手段として機能する。

モデル(左):コート(Junya Watanabe)、シャツ(Comme des Garçons) モデル(右):ジャケット(Junya Watanabe)
行動心理学の研究では、選択したペルソナによって、振る舞いの仕方に変化が出る可能性が示唆されている。 この「プロテウス効果」とは、人々がデジタルな世界のアバターに期待する行為に合わせて、自分自身の振る舞いにも変化が及ぶ傾向をいう。
昨今、この現象が特に顕著なのが、『ファイナルファンタジー』や『Deus Ex』などのロールプレイングゲームにおいである。RPGの世界では、人はキャラクターの人物として、現実と見紛うばかりのビジョンが広がる異世界に放り込まれる。これら両ゲームが、その美学を共有するファッションデザイナーとコラボレーションしたことは驚くに当たらない。
2012年、Pradaと雑誌『Arena Homme+』はスクウェア・エニックスとのコラボレーションを行い、ヒロインのライトニングを始め、『ファイナルファンタジーXIII-2』 のキャラクターを、Pradaの春夏コレクションのモデルとして起用した。わずか2年後、ライトニングは、今度はニコラ・ジェスキエールによりLouis Vuittonの「SERIES 4」キャンペーンの顔として起用され、出版物から世界中へ向けた広告キャンペーンまで、ブランドのファッションに関わった。
昨年に『ファイナルファンタジーXV』がコラボレーションしたVivienne Westwoodは、ゲームの重要なキャラクター、ルナフレーナのウェディングドレスをデザインし、 プレイヤーはゲーム内でVivienne Westwoodのショップを訪れ、そのウィンドウを見ることもできる。
『Deus Ex』シリーズの最新作では、テック ウェアで知られるブランドAcronymを採用し、カスタムデザインのコートがメイン キャラクターのコスチュームの一部としてゲームに登場する。Acronymのもつ超機能的スタイルと、製品の研究および開発に対する徹底して工学的なアプローチは、トランスヒューマニストでディストピア的な同ゲームの世界観にごく自然にマッチしている。当然、ゲームの世界でも、Acronymのギアを購入するのは高くついたことだろう。
ソーシャルメディアに不可欠な要素に、実際にどうであるかより目にすることの方に重きが置かれるという点がある。私たちはイメージの時代、正真正銘のスペクタクルの社会に生きている。たとえば、ポスト インターネット時代のアーティスト、アマリア・ウルマン(Amalia Ulman)は、Instagramを媒体にしたパフォーマンスアート作品を通して、私たちがどれほど他者のデジタルなペルソナを真実だと考えているかを露わにする。あるいは、ソーシャルメディアで人気のリル・ミケーラ(Lil Miquela)のハイパーリアルな存在に対しては、フォロワーは彼女が生身の人間なのかどうかを問わずにはおれない。
現実とフィクションの間の境界はますますぼんやりとしたものになっている。
結局、すべての服はコスプレの単なる一形態でしかないのだろうか。人生とは、究極のロールプレイングゲームに他ならないのだから。


モデル(左):シャツ(Comme des Garçons) モデル(右):コート(Comme des Garçons)

モデル着用アイテム:コート(Comme des Garçons Girl)

モデル着用アイテム:スカート(Junya Watanabe)

モデル着用アイテム:スカート(Comme des Garçons)


モデル着用アイテム:シャツ(Comme des Garçons Homme Plus)

Tony WangはSSENSEのコンテンツ ディレクターである
- 文: Tony Wang
- 写真: Rob Kulisek / CXA
- 写真アシスタント: Justin Leveritt
- スタイリング: Avena Gallagher / Cartel & Co
- スタイリング アシスタント: Joe Van Overbeek
- ヘア: Shinya Nakagawa / Artlist
- メイクアップ: Asami Matsuda / Artlist
- モデル: Angelica / The Society Management, Daniel / St. Claire Modeling, Elizabeth / St. Claire Modeling
- キャスティング: Nicola Kast
- 制作: Jezebel Leblanc-Thouin