ティム・コペンズは 上級技術デザイナー
ティム・コペンズの足跡から、 21世紀メンズウェアのパラダイム シフトを辿る
- 文: Thom Bettridge
- 写真: Eric Chakeen


「僕たちはミンクのコートを作ってるわけじゃないんだ」とティム・コペンズ(Tim Coppens)は言う。「僕たちはもっと大衆的なものを作る」。全く性質を異にする様々なライフスタイルがぶつかり合い、「アスレジャー」というカテゴリーへ収斂されつつあるこの時代に、コペンズは折衷を媒介する。彼の洋服は計算に基づき、彼が洋服を語る口調は慎重かつ整然としている。アントワープ王立芸術アカデミーで勉強し、AdidasやRLXでのポストを経て、現在のコペンズは自らのブランドおよびUnder ArmourのUASスポーツウェア ラインで指揮を取っている。日本刺繍の技術から大衆市場スタイルの刷新まで、コペンズが様々な手法を実験できるのは、そのように小規模なブランドから多国籍展開のアスレチックウェアに及ぶ広範なリソースのおかげである。コペンズにとって「未来的」とは単に宇宙時代と同義ではなく、むしろノスタルジー、快適性、熟練の技術に対する眼識を要求される何かだ。大衆にますます多くを要求するペースの速い現代社会で、細心の注意を払うことだ。
ニューヨークにあるティム・コペンズのスタジオで、トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)が話を聞いた。

トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)
ティム・コペンズ(Tim Coppens)
トム・ベットリッジ:メンズウェアの歴史を俯瞰して振り返ると、20世紀はスーツの世紀であったと言っても過言ではないでしょう。しかし21世紀、少なくとも現在までは、いわゆる「アスレジャー」への転換を目の当たりにしています。カジュアルとフォーマルとスポーツウェアの集約です。この大きな転換の最前線に立ち続けているあなたに聞いてみたかったのですが、こういった転換が起きている社会は、一体どんな社会だと思いますか?
本当にたくさんの要素があると思う。僕がファッション業界で働き始めた当時は、スポーツ用のウェアとファッションのあいだに非常に大きな隔たりがあった。僕が学校に通っていた時代のファッションは、例えばアントワープ王立芸術アカデミー周辺のショップを見ても、パリコレに登場するブランドを見ても、スポーティという要素を取り入れたコレクションはあったけれど、だからと言ってそれが実際のスポーツに直結しているわけではなかった。進化の一端は、いくつかのものが前より受け入れられるようになったことだろうね。例えば、ゴムのウェストバンドなんていう間抜けなものもそのひとつだ。あんなものを使うのは昔はジョギング パンツと赤ん坊のパンツだけだったけど、今じゃ誰でもウェストがゴムの服を持っている。何か気楽な感じがするからだよ。それに、近頃は一体いくつのスポーツ ジムがあると思う? 10年前のベルギーだったら、ジムに通っているなんて大声で公言できることじゃなかった。完璧にダサいことだったんだ。今では、ジムに行くことやスポーツをすることが、都市生活のずっと大きな要素になった。学校を出てadidasで働き始めたのは、別に、将来ハイファッションの仕事をするって分かってたからじゃないんだ。そうじゃなくて、衣類を作り出す方法に興味を感じたから。技術の発達やその他諸々が、adidasでは他よりはるかに速いスピードで進行してると感じたから。それから10年経った今、見ての通り、そういうテクノロジーの多くがファッション業界で培養されてる。


例えば80年代や90年代には、1日中スポーツウェアを着ていることはホワイトカラー経済から外れるサブカルチャー的な表現でした。でも今は、マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)のような億万長者でさえフーディを着る時代です。以前のような区別はもう無くなりましたね。
過去10年間で、多くのブランドが両方の繋がりを発展させてきたと思う。そしてそういうブランドの多くは「ストリートウェア」というカテゴリーで一括りにされてる。実は、僕が12、3歳くらいの頃を思い出してた。当時、O’Neilのジャケットを持ってたんだ。オーバーサイズで奇抜なスノーボード カラー。それを着てスノーボードに行ったことは一回もないけど、格好良かったし、誰も同じものを持っていなかった。Tommy Hilfigerの長いジッパーがついたトラック パンツも持ってたな。PalaceやSupremeが今やっていることは、それとたいして変わらないんだ。新しいのは、そういうスタイルが斬新なメンズウェアに転換されて、もっと多くのタイプの人たちが手にするようになったことだ。
RLXへ移ったとき、高機能スポーツウェアから伝統のあるブランドへの移行はチャレンジでしたか?どういう思考のプロセスを辿りましたか? こういう質問をするのは、1990年代に都市の若者たちがPolo SportやTommy Hilfigerを着始めたとき、それはデザイン側ではなく消費者側で起きたクーデターだったからです。
とりあえず、Ralph Laurenがどんなブランドかを理解すること先決だったよ。それから、「わあ、オレたちポリエステルのTシャツとトラック ジャケット作ってる」っていうレベルから先へ進んで、徐々に色々な要素を取り入れる方法を考えられるようになった。僕は、ある程度テーラリングの要素とかウールやカシミアといった素材を残して、そのギャップを埋めるのがいいと思ってる。革新的なものを作るときは、もっと分かりやすいもの、それ自体伝統はなくても誰でも快適だと知っているものを使って、バランスを取ることができる。何もかも宇宙服みたいになってしまうのは嫌だろ? それは別の意味で過剰だし、僕に言わせれば、その方がずっと簡単なんだ。
あなたの口から「快適」という言葉を聞くのは面白いです。ハイ ファッションでは、めったに聞かない言葉ですからね。
僕は、快適性だけを考えてるわけじゃないよ。いろんなことをもっと楽にすること、楽に動き回れて、楽にスピーディに1日を過ごせることが頭にある。例えばニューヨークに住んでいると、1日のうちに色んなことをこなさなくちゃいけない。その点で、着る人の役に立つ洋服であることが必要だ。


何もかも 宇宙服みたいに なってしまうのは 嫌だろ

何にでも対応できる感覚でなくてはならない、ということですね。
僕はスーツが大好きだ。構造が大好きだし、着たときの気分も最高だ。でも、スーツとしての基本的な外見は保ったまま、構造を変える方法を考えてみてもいいと思う。もっとスピーディに体を動かせるように、窮屈さを解消することができる。例えば、アームホールが低すぎて腕が上がらないとかね。
洋服に対するそういう考え方は、仕事、ジム、パーティというような、以前は互いに対立していたライフスタイルを結び付ける、いわば平和条約のようなものですね。
それは、洋服の構造に深く根差していることだと思うんだ。僕がUASでやっていることだと言ってもいい。でも、僕自身のブランドでは、文化的な深い繋がりも大切なんだ。これはちょっと表現が難しい。ズボンの脚にメッセージを書くタイプの服じゃないから。ある種、歴史の積み重ねなんだ。今話しているものはすでに存在しているものだから。目新しいものじゃない。必要なのは、本当に消費者と繋がれる新しい層だ。
私たちの生活の表層がどんどんデジタル化されるにつれて、質感や手仕事が新たな価値を帯びてきます。例えば、あなたの春夏コレクションにはあらゆる未来的な表層があります。しかし同時に、とても存在感があって人間的な日本刺繍の要素も取り入れています。
僕は、そういうものに並々ならぬ情熱を感じるんだよ。絹の着物、釘を使わずに建てた寺、木の仕上げ、サムライの刀の製法。どれも職人技のレベルだけど、離れて見てみると、すごく未来的な印象なんだ。ああいう手作りの工程が受け継がれるのはとても大切なことだよ。
大規模な多国籍ブランドで働くだけではなく、自分自身のブランドを始めた理由もそれですか?
そうだね。僕は大企業と仕事をするのも好きなんだ。小さいブランドにはない資源を利用できるからね。でも、僕自身のブランドの核心は、深く掘り下げて、製品を愛すること。

大量生産できる美しい洋服を作って多くの人に提供するというのは、ユートピア的な思考でもありますね。Under Armourで仕事を始めたときに、考えていたことですか?
僕が考えていたのは、資源に制限されないモノづくりの可能性。自分のブランドではできないものを提供してくれる会社と仕事をする利点は、そこにあると思う。僕たちはミンクのコートを作っているわけじゃない。僕たちはもっと大衆的で身近なものを作る。だからと言って、安易な製品だとか、配慮のない製品というわけじゃない。
どのような方法で、洋服を差別化したいと思いましたか?
快適性の度合いとか、仕上げ、機能性を加えること、縫い目を見直すこと、ジャケットのような伝統的な洋服を別の角度から見て機能性を付け加えること。そういう方法で、以前とは違うけど、外見や着心地は同じものを作ることができる。ファッショナブルになり過ぎないように、機能的になり過ぎないように、それでいて、特別な何かがあると感じられる程度に斬新なものを作ることが大事だ。

あなたのコレクションで興味を惹かれるのは、今や機能性自体がある種の美学になったという意識が感じられることです。例えば、メタリックな質感のポリエステル フィルムらしきものを使ったセーター。すごく未来的なスタイルである反面、あのディテールはただの装飾であることが明らかです。
素材同士の視覚的なコントラストが気に入っているんだ。君が話しているのは、アルミ コーティングのナイロン フードが付いたニットのことだと思う。極細のメリノ ウールのニット。天然繊維には、それ自体の機能性があるから面白い。
つまり、影の主役はメリノ ウールですか?
そうとも言えるね。
どんな人たちがあなたの洋服を着ると想定していますか?
キャスティングをするときは、モデルの男の子や女の子ときちんと向き合うことがとっても大切だ。彼らの反応、彼らに対する僕の話し方、僕に対する彼らの話し方、そういうことに大きな意味がある。僕はことさら美に関心があるわけじゃない。というか、美に関心はあるけど、美が積み重なったレイヤーが好きなんだ。僕らが洋服に対して取るアプローチも同じだよ。スウェットシャツであっても、深く見れば美しさが見える。でもそれは、着る人の美しさでもあるんだ。
どういう経緯で、アメリカで仕事をするようになったんですか? それは文化的な選択だったんですか?
いや、ずっとニューヨークに住みたいと思ってた。初めて来たときは、確かもうアントワープの王立芸術アカデミーに通っていたと思うけど、「いつかここに来て、自分のやりたいことをしたい」と思ったんだ。それが15年後に実現した。ニューヨーカーの仕事の仕方に魅力を感じたんだよ。自分のやりたいことを始めるという、すごく開かれたメンタリティがあるから。ニューヨークに来たからこそ、僕は自分のやりたいことをやる方向へ向かった。もちろん、今でもヨーロッパ人だし、自分の出自には愛着を持っているけどね。でもアメリカのファッションにも好きな部分があるんだ。気楽でシンプルなところ。

- 文: Thom Bettridge
- 写真: Eric Chakeen