陽はまた昇る
明日を信じるキャスティング エージェント、エヴァ・ゲーデル
- 文: Bianca Heuser
- 写真: Albrecht Fuchs

キャスティング エージェンシー「Tomorrow Is Another Day」は、ドアに掲げた看板がエヴァ・ゲーデル(Eva Gödel)の精神を象徴している。40歳のゲーデルが仕事を始めて15年。モデル事務所は今年7周年を迎えるが、男性モデルの代理人として、ゲーデルは進歩的な思考を続ける。年齢も様々な200人以上の所属モデルたちは、理想の容姿を追い求めるアドニス・コンプレックスから解放され、ファッション業界における理想の男性像を作り変えていく。力こぶを作るトレーニングなんかしなくていいから、礼儀を学びなさい。人格がなければ美しさは萎れてしまう。そのことを、ゲーデルは知っている。だから、常にストリート キャスティングで素人を起用する。デュッセルドルフとケルンでTIADを設立した当初から、現在なお、数多くのファッション都市で大きな網を打っては新人を探す。多くの人がやり始めたようにインスタグラムを漁るより、街に出て探すほうが今でも好きだ(そもそも、長時間スクリーンを見るのは好まない)。ヘルシンキへの出張を控えたゲーデルをビアンカ・ハウザー(Bianca Heuser)が訪ね、新人をスカウトすること、成功に必要なこと、短命になりがちなキャリアを持続させる方法について対話した。


ビアンカ・ハウザー(Bianca Heuser)
エヴァ・ゲーデル(Eva Gödel)
ビアンカ・ハウザー:キャスティングのための出張は、どの程度の頻度ですか?
エヴァ・ゲーデル:かなり定期的ね。ロンドンやパリでの仕事が増えてるんだけど、ここに住んでるモデルは、まだ学校に行ってる子が多いのよ。だから、仕事のために移動するとなると、授業を休むことになるでしょ。そしたら、次の仕事が依頼できなくなってしまうわ。だから、他の都市に住んでるモデルも抱えてたほうがいいと思ったの。最初に行ったのはロンドン。エージェンシーに声をかけられたことがない子なんて、ロンドンにはひとりもいないよって言われたけど、実際に行ってみたらそんなことなかったわ。どういうわけか、私が声をかけるのは、他のエージェントとは違う種類の男の子みたい。
出張の準備は?
普通は、コンサート、その年頃が集まる場所、一般的に人が多い場所を調べるわね。出張するのは、1日中外にいられる暖かい時期がいいわ。ショッピング街とか、オックスフォード サーカスみたいな、人が多くて賑わっている場所をぶらぶら歩く。座ってる人はダメなの。歩き方、体の動かし方、振る舞いを見なきゃいけないから。歩いてる場合は、もっと時間をかけて観察できるわ。しばらく後をつけて、チェックするのよ。
ということは、ストリート キャスティングの時間を確保するのが、現在も最優先事項ということですね?
当然よ! 7月のショーのことを考えたら、まだこれからロンドンとパリ、ベニスのビエンナーレに行かなくちゃいけないわ。 アン・イムホフ(Anne Imhof)のパフォーマンスの配役を担当してるの。それから、ヘルシンキとベルリン。すごくハード スケジュールだけど、私の仕事でいちばん楽しい部分。だからこそ、うちは特別なのよ。常に新人がたくさんいるし、それもマーケットに合わせてるだけじゃない。幅があるのが好きなの。私は、たいていの男の子の中に光る何かを見つけられる。それに時間がかかる子もいるけどね。4〜5年前に見つけたモデルもたくさんいるのよ。最初の1〜2年は、全然クライアントから反応がなかった。それが突然、引く手あまたになる。


どんな感じの人を探すのですか?
もちろん、ある程度身長があって、細身じゃないとね。だから、薄着になる春がいいの。だけど顔に関しては、私が二度見してしまう人。「形のいい耳」みたいに、ひとつの部分だけのこともあるわ。行きつけのスーパーマーケットで最初に出くわした男の子、ってこともある。以前、土曜日にスーパーマーケットで見かけた男の子をキャスティングしたことがあるの。すごく混んでる中で、その子は水のペットボトルを持って列に並んでた。他の店で買うよりスーパーマーケットのほうが安いから、完全にリラックスして立ってる姿が、どういうわけかすごく格好良かったわ。雰囲気全体がすごくクールで、とても今風でね。もちろん、ハンサムじゃなかったら声をかけなかったけど、立ち居振る舞いが3つ離れたレジから目に留まったのよ。私は、ちょっとシャイで無頓着な感じが好きだわ。
もともと観察するタイプの人ですか?
間違いなく、そうね。単純に、観察が得意なの。エージェンシーを開業する前、ローズマリー・トロッケル(Rosemarie Trockel)のためにモデルを探したのよ。彼女の被写体には、私たちが見つけてきた子がたくさんいるわ。基本的に、トロッケルが私の最初のクライアント。ファッションの顧客がついたのはその後。ケルンやデュッセルドルフにはファッションがほぼ皆無だから、私は、アートやアーティストたちとの繋がりのほうがはるかに強かったの。観察することは、いつも好きだったわ。私にとって、人間観察はすごく自然なことよ。人が何をしてるか、どんなふうに動いてるか、どんなバッグを持ってるか、そういうことに興味を引かれる。自分ではどうしようもないわ。



男性専門に決めた理由は?
当時、女性に比べて男性のマーケットはずっと規模が小さくて、もっとゆとりがあったの。それに、私自身、いつもメンズウェアのほうに関心があったから。あの頃はRaf Simonsが好きで、私のモデルを使ってもらうのが夢だったわ。結局、願いは叶ったのよ。今は、メンズウェアのショーが年に2回。今と同じエネルギーで年4回やるのは、私には負担が大き過ぎると思う。私は男性を見る目の方が長けているし、男性モデルの大多数はモデルを副業にしてるのも好きだわ。

それはまた、どうして?
学校を終えたばかりで、自分が何をしたいのか、まだ分からない子が多いのよ。モデルするために、あちこち自由に移動できる時間があるのは理想的だけど、その時間を使って何をしたいか考えなさい、って私は常々言ってるの。モデルの仕事は、国際的なチームで働くことを学べるわ。ファッションでは、チームワークがすごく大切なの。有名ブランドのショーを動かすには、他のほとんどの業界よりチームワークが大切よ。全部が完璧にかみ合わないといけない。デザイナー、デザイナーのチーム、ヘアとメイク、照明、モデルの全員。私がいつも男の子たちに言うのは、ここであなたはスターじゃないのよ、ってこと。まわりを見渡して、どんなふうに現場が回っているのか、見ておきなさい。違う言葉を話す人と関わる方法を学びなさい。これからビジネスを学ぼうと、弁護士や大工になろうと、それがこの仕事から学んで活かせるものなの。1〜2年で、雰囲気が変わっちゃう子が多いしね。

なるほど。
例外はあるわよ。ティルマン(Tillman)なんて、エージェンシーを実際に作る前からの付き合いだもの。そういうモデルは、クライアントと一緒に年齢を重ねていく。彼はつい最近Jil Sanderの仕事をやったとこだけど、10年前にもキャンペーンの仕事をしたのよ。みんなが幸運なわけじゃないけど、私のところには、設立当初から今も在籍している子が4〜5人はいる。理想的だわ。
そんなふうにエージェンシーに気にかけてもらえるのは、モデルたちにとって素晴らしことですね。
良い評価をたくさんもらってるわ。私にはそれが大切なの。若いときは、出自なんて大して分からない。無職の両親がいても、若きプリンスみたいに見えることもある。それでショーのためにパリに行くのが、たまらなく面白いところよ。バックグラウンドは本当に様々だけど、その瞬間においては、全員に同じチャンスがある。何よりも先ず見た目だけど、振る舞いも関わってくるわ。第一、社会的な背景で人格は決まらないのよ。両親からきちんと礼儀を教わってる子もいる。英語は下手かもしれないけれど、私は勉強するように励ますわ。そういう子でも、クライアントと素晴らしい関係を築いて、ショーの後には服を畳んで、ありがとうが言えるのよ。時間も守る。両親が「この子とどうするつもりなの? いつもクスリでハイになって、学校も追い出されたのに」っていう場合でも、私たちと働き始めると、たとえ朝の5時の飛行機だろうが問題ないの。ちゃんと来るわ。爽やかで、やる気があって、信頼できて、しかもすごいエネルギー。クライアントは、一度は見た目で仕事を依頼するかもしれない。でも長期的には、クライアントがその子と仕事をするのが好きじゃなきゃダメ。クライアントに迷惑をかけないで、この仕事が好きだってことをはっきり見せないといけない。礼儀正しくて、だけど退屈なのはダメ。そういう微妙な違いを操れないとね。


ファッション業界における理想的な男性像の変化と、社会が考える男らしさの変化は、一般的にどう関係しているのでしょうか?
今は、多様性や国際的な異質性が注目されてると思う。国境のないヨーロッパとか、性的アイデンティティの議論とか、私たちの重要な課題に関連してるのよ。だから当然、ファッションにも男性のイメージにも反映される。初めて違う種類の男性が登場したのは、Helmut Langのキャンペーンだったわ。私、雑誌のページを破って壁に貼ったのよ。あの人たち以外は、みんな「クール ウォーター」タイプだったんだから。「クール ウォーター」の広告に出てるような男には、興味を感じたことがないわ。私が影響を受けたのは、ラリー・クラーク(Larry Clarke)やナン・ゴールディン(Nan Goldin)みたいな写真家よ。今は、本物が問われる時代だと思う。私にとっては、人格の問題。愛しくて、同時に反抗的な感じのパーソナリティ。最初の頃、私の周囲のリアルなものなら、何でもキャスティングしてたの。私と同じパーティーに行った人とかね。今もそんな感じ。

プロのモデルではない「ノデル」の人気が高まっていますが、あなたの仕事に影響はありますか?
良いモデル志願が増えてるわ。ソーシャルメディアが一役買ってる。みんな、雑誌はもうあまり見てない。雑誌以外のあらゆるものを見てる。そして、自分にもモデルができるんじゃないか、って思うようになるのよ。そのおかげで、もう一度、若者が興味を持てるハイ ファッションが育ってるわ。例えば、Vetements。ずいぶん長い間、若者が「本当に格好良いな。着てみたいな」って感じるデザイナーがいなかったから。ある程度の期間ファッション ブランドと仕事をすると、フィッティングに使った服をプレゼントされることがあるんだけど、以前は全然モデルたちの趣味じゃなかったのよ。でも最近はまた、若者が欲しくなるハイ ファッションがあるわ。
「Tomorrow is Another Day (明日は明日の風が吹く)」は、あなたにとって何を意味するのでしょうか?
良い名前でしょ。何が起きようと、明日は明日、新しい1日。真っ直ぐ前を向いている感じが好きなの。私自分の成長を考えると、色々なものを手放して、新しい何かに挑戦してみるプロセスだったわ。そういう生き方を身に付けなくちゃいけないのよ。私はあらゆることをコントロールしたいけど、いつもそうできるわけじゃない。私たちのエージェンシーは、明日に向かっているの。所属している男の子たちにも言うのよ。「まあ、その仕事をもらえなかったとしても、明日は明日の風が吹くわ」
- 文: Bianca Heuser
- 写真: Albrecht Fuchs