Total Luxury Spaの門戸開放主義

ミニチュアの帝国、拡大するコミュニティと、ロサンゼルスのブランドが見出すバランス

  • 文: Max Berlinger
  • 画像/写真提供: Total Luxury Spa

ダニエル・デスレ(Daniel DeSure)が幼少期を振り返るとき、通った学校の数は十指に余る。全部で19か20校。1つの学校は新たな街への引っ越しを意味した。どこに暮らしても、デスレの母はいつも、困っている人々に扉を開いた―彼の思い出の中心には、今もコミュニティの安心感がある。

そういうわけで、子ども時代のその同じ門戸開放主義が彼のビジネスに生きていることに不思議はないのだろう。彼のミニチュア帝国を構成するのは、美術館、ファッション ブランド、アーティストたちに展覧会やブランディング、イベントなどのプロジェクトについてアドバイスするクリエイティブ エージェンシーのCommonwealth Projects、ポップアップ形式のジュース スタンド会社Tropics LA、そして2014年にハッサン・ラヒム(Hassan Rahim)と共同で設立した、ウェルネスとコミュニティ、オーセンティシティの「リフ」を巧みに奏でるファッション ブランド、Total Luxury Spaだ。これらのビジネスの本拠は、ブラック コミュニティやラテン系コミュニティと強く結びついたサウス ロサンゼルス界隈にある。長い時間をかけて、デスレは、アート好きな地元キッズたちとの友情を育んできた。キッズの多くが近所のスケート パークの常連であり、彼らがオフィスに遊びに来ては、デスレ自身の幼い日の木霊を響かせた。

「自分の周囲の世界と、やっている仕事とのあいだに断絶がある気がして」と、FaceTime越しにデスレは言った。その顔は、黒のKangolのハットに半分隠れている。「そのことでいつもちょっと葛藤があったんだ」。その隙間を埋めようとして、彼はZINEと呼ばれる個人雑誌をプロデュースしてブック フェアで売ることを始めた。地元の若者たちのクリエイティブ精神を育み、作品を売り出す支援の試みだ。その後、オフィスで瞑想のセッションを開催しはじめた。「そんなことやって、どうかしてるとみんな思ったらしいけど」と言う。「でも、それは僕の心に確かな光を灯してくれた。その頃、個人的にいろいろあったから、人とのつながりを何より必要としてたんだろうな。そこからいろんなものが花開いた」

彼が花開いたというものに、Tropics LAとTotal Luxury Spaがある。だが他にも、彼の世界がUnderground MuseumUmoja Centerなど、地元のさまざまな組織へと広がったことも意味するのだろう。あるいは、いわゆるインフルエンサーではなく、タトゥー アーティストのドクター・ウー(Dr. Woo)、ミュージシャンのケルシー・リュー(Kelsey Lu)をはじめ親しいアーティストのネットワークや、地域で影響力をもち、プラスの変化を起こそうとするコミュニティの長老たちの力を借りる彼のスタイルも入るかもしれない。デスレの仕事、そして人生へのアプローチにおいて、境界は仮にあったとしても、曖昧だ。プライベート、専門、ビジネス、遊び。あらゆる関係の友人たちや協力者たちが彼を取り巻いている。

それをつなぎ合わせるのがコミュニティという糸だ。「こういうもの全部を大きくしたい」と彼は言った。「金儲けってことじゃなくて、世界に広げるって意味で」彼は共感こそ、明確に人間特有の属性だと考えている。だったら人生のあらゆる場面で、たとえ商売であっても、共感を大切にすべきではないか? 「僕らには誰かの身になって考える能力がある」と彼は言う。「そういうものを与えられているんだから、使うべきだと思わない?」

写真: Melodie McDaniel、 冒頭の写真: Lukas Gansterer、 Total Luxury Spa

ストリートウェアとスケートの美学をミックスし、コンサート グッズ的なアクセントを利かせたTLSの服は、謎めいた記号やシンボルを駆使した巧みなグラフィック デザインで知られる。そのメッセージが手玉にとるのは、形而上学的な癒しを求める今の流行から、たとえば正常な民主主義のプロセスの対極にある社会の病までさまざまだ。Tシャツやフーディにプリントされたスローガンには「Sound Nutrition」、「Earth Embassy」、「Theraml Baths」、「Radical Nests」といったフレーズが並び、サウンド バスや温泉、エナジー ヒーリングを連想させる。それはセルフケア文化の伝道であり、典型的なターゲットから外れるマイノリティ、若者、男性、あるいはその3つを兼ねた層から見た「ウェルネス」の新たな方向づけでもある。

「初めはただ、ものづくりと友達のこと、人々にプラットフォームを提供することしか考えてなかった」とラヒムは振り返る。「でも深めていくうちに、コアな価値観がはっきりしてきたんだ」。グラフィック デザイナーとしてCommonwealth Projectsで活動をはじめたラヒムは、デスレとの最初のミーティングが地元のバーで始まり、カラオケで終わったことが忘れられない。ちなみに彼が歌ったのはラッパーのメイス(Mase)とパフ・ダディ(Puff Daddy)の曲だ。

ラヒムはTotal Luxury Spaの視覚的言語、印象的でどこか謎めいたイメージを作り上げることに力を貸してきた。「吸収装置」を自称するだけあって、インスピレーションがいつ降りてくるかは本人にも見当がつかない。デザインを棚上げにしておいて数年後にもう一度見直すようなこともしょっちゅうだ。たとえば、ブルックリンのある会場でサン・ラ・アーケストラ(Sun Ra Arkestra)の演奏を観て、「若いヒップな連中」が少なくて驚いたことを思い出すと、その記憶を手がかりに、LA メモリアル コロシアムでコンサートを開くサン・ラ・アーケストラと、海賊版コンサート グッズのデザインを想像する。そこに愛するヴィンテージTシャツのレイヤーをかければ、Sun Ra ロングスリーブ T シャツのいっちょう上がり。ブランドが手掛ける「海賊版」シリーズの初期の1枚は、本物とは何かを探る遊び心に満ちた検証と読み解くことができる。あるいは、ただのカッコいいシャツとも。

ブランドの異色の個性はデザインだけにとどまらない。たいてい無難にまとめるブランド製品のコピーとは違い、Total Luxury Spaのコピーには風変わりな面白さがある。あるコピーは「知ってるか、ロサンゼルスには超越主義の道標があるんだ」と始まる。「嘘じゃない。夜更けに僕らのところに来れば、君を川へ連れていこう。川が君を水源へと導く。水源で一緒に水浴びをしよう。温かな宇宙の抱擁に浸りながら」

すべての服が、人気商品の装いの下に何らかのかたちでコミュニティ精神を忍ばせている。足つぼ図をデザインした「Crenshaw Wellness」スウェットシャツ(完売)もそのひとつ。グラフィックは東洋医学を思わせるが、「Crenshaw Wellness」というスローガンが、ウェルネスとはこれまでおよそ無縁だったマイノリティ コミュニティをセルフケアに結びつける。なによりも重要なのは、このスウェットシャツの販売収益が全額、古くから黒人が暮らしてきたレイマート パーク地区の再開発に反対し、コミュニティの富を蓄積するために活動するUmoja Centerという団体へ寄付されたことだ。

ラヒムはそれについてこう語っている。「みんながチャリティ シャツを作って、それが政治的になりすぎたり、プロモーション的な寄付集めの道具になったりするのを見てきた。そもそもそういうものだしね。僕がやろうとしてるのは、その境目をぼやけさせること。誰でも欲しがるようなクールなシャツなら、みんなが買う。誰かの助けになっていることなんか知らなくても」

写真: Melodie McDaniel、Vinnie Smith

私たちが話した日、デスレはオフィスにひとりで座っていた。背後には、きちんと本が並んだ黒い書棚があった。ホワイトウォッシュのレンガの壁がくっきりとしたコントラストをなす。だだっ広い倉庫のような空間に人々の不在が伝わってくるようだった。9月半ば、過去に例のない山火事に焼き尽くされた結果、カリフォルニアでは黙示録を思わせる空が、淡く透き通る異界のような靄に溶けこんでいた。

今の世の中、なんらかの慈善的メッセージを派手にアピールする商業製品は、皮肉な目で見られがちだ。しかしデスレのやり方はいつも、コミュニティのなかに深く組み込まれている。そのつながりが本物であることは、誰の目にも明らかだ。「僕らはある目的のために資金やリソースを作り出す。そして同時にメッセージを創造し、広めようとしている。[服は、]広告ボードみたいなものだ」。ブランドのバックストーリーを知って、コミュニティを代表したいという気持ちでそれを着てくれる人がいるのは嬉しい。だが一方で、ただカッコいいから買う人たちがいてもいい。「ああいうのはみんな、僕らがやっていることを美しく掛け合わせたハイブリッドなんだ」

「思うに、若い頃に自分にとって必要だった人間になるという、使命みたいなものがあるんじゃないかな」昨年、ブランドのルック ブックとキャンペーンの写真を撮影したフォトグラファーのダニエル・リーガン(Daniel Regan)は言った。「今、目の前にいるのは、それが完全に実現した進化形なんだ。で、たまたま今はそいつがTシャツを作ってる」

リーガンが初めてデスレに出会ったのは、7、8年前のブック フェアでのことだった。「お互いに探り合ってたのを覚えてる。何もないのに、何かを守ってるみたいにね」ラヒムに会ったのは、ある雑誌で一緒にインターンをしたときだった。今、彼はTLSファミリーの一員だ。昨年、リーガンはそれまで大切に育んできた自らの美学を、ブランドのシーズン キャンペーンで発揮した。モデルには、前出のリュー、アーティストのマルティーヌ・シムズ(Martine Syms)、クリエイティブ ディレクターのサナム・シンディといった友人たちを起用し、それぞれの自宅で撮影した。リーガンは何の変哲もない、生活のなかの隙間のような瞬間に、複雑な内面性をにじませる。「こういう無造作な場面に意味をこめる。その結果Total Luxury Spaの写真には直截さとリアルな親密さが生まれる。それはプロモーション用というより人物像そのものだ」

「ダニエルとハッサンは家族みたいなものだから、他の誰かと仕事をするのとは全然違う」とリーガンは言う。「口には出さないけど、そこには尊敬と信頼がある。ふたりが僕を仲間にしてくれているのは、僕が彼らのストーリーだけじゃなく、被写体のアーティストたち[のストーリー]を正確に伝えられるという信頼があるからだ。もっとずっとパーソナルで、そこに隠れた計算なんかない」

写真: Dan Regan

こうした友人たちのストーリーを語ることによって、デスレとラヒムはふたりが愛する街のストーリーをも語っている、とリーガンは指摘する。「イメージとしてのロサンゼルスは外の人たちに誤解されてきた気がする。外の人たちが悪いわけじゃないけど、ただ、図らずも僕たちのほうがこの街をよく知っている。ハッサンもダニエルも僕もここで生まれ育ったから。ここは僕らのホームで、僕らのやることすべてがこの街にしっかりつながっている。ロサンゼルスは僕たちの一部だ」

とはいえこれがすべて、無償の愛の実験というわけではない。金は生み出されなければならないからだ。デスレの話では、高収益のクライアント仕事でコミュニティ中心の小規模ベンチャーを支えることもあるし、Total Luxury Spa を後回しにして、Commonwealth Projectsの提案に全力を傾けなければならないこともある。デスレはそれを流動的なアプローチだと説明する。「赤字のときも結構あったけど、かなりの額を稼げるときもあるし」と彼は言う。「ものごとは変動する。僕はそれで全然OKだ」

流動性、フロー、適応性。それらがTotal Luxury Spaの底流にある。だから新しいコレクションが「Liquid State」と名付けられたのはべつに不思議ではない。絶えず変化する水の性質への賛歌であると同時に、デスレはそれを切り口にして、いかに産業化と資本主義がわれわれの自然資源を食い尽くしてきたかという議論を先導する。TLSはロサンゼルス川の保全団体Friends of the Los Angeles Riverや有名なロサンゼルスの歴史家、マイク・デイヴィス(Mike Davise)と協力して、コレクションの発表に合わせ、川のクリーン作戦や募金プロジェクトといったコミュニティプログラムを立ち上げた。さらに、生産現場の余剰材をリサイクルして新しい素材を製造する企業ともコラボレーションしている。

近頃、彼はコミュニティによって得られるつながりのもたらす力を、いかに拡大するかを考えている。本来、コミュニティとは小さいものだ。家の玄関を出たら顔を合わせる人たちがコミュニティなのだから。一方で、ソーシャルメディアの時代にファッション ブランドを経営することは、ビッグなメッセージを最大多数の人々に向かって喧伝することがすべてだ。この両極端なふたつのバランスをとることは可能なのだろうか。

「昨日の夜、一緒に食事した友達が言ったんだ。『もし、こういうつながりを作る人間が君だけだったら、どこまで広がるかな? それが君のコミュニティなら、君は世界をどう変えられるだろう?』って。僕にはわからないけど、みんなが見習って自分たちの場所で真似してくれたらいいと思うよ」。

世界中の全員が彼の真似をすれば、ひとつのコミュニティが世界的なムーブメントに変わるということだろうか。「そう」。彼は言ってそれについて考えた。「たぶん、それがキーだ」

Max Berlingerはロサンゼルス在住のフリーランス ライター。交差するファッション、テクノロジー、カルチャーをテーマに執筆している。『ニューヨーク タイムズ』、『GQ』、『ロサンゼルス タイムズ』などに寄稿。三人称で経歴を書きながら、その行為に間抜けな気分を味わっている。InstagramTwitterでフォローできる

  • 文: Max Berlinger
  • 画像/写真提供: Total Luxury Spa
  • 翻訳: Atsuko Saisho
  • Date: October 26th, 2020