パターンメーカーから学ぶ真実と偽り
ニューヨーク在住のニコラ・カイトが、ガーメント地区のスタジオでパターンメイキングを語る
- インタビュー: Katherine Bernard
- 写真: Eric Chakeen

真実のTrue
実は、「真実の」という意味を持つ形容詞「True」には、動詞としての用法もある。バランスを取るとか、精密に調整するという意味になる。機械関係の用語で、例えば自転車の車輪にスポークを張ることを「Trueする」と表現する。その他、ぴったりとはまるように板のサイズを変更する場合やエンジンのシリンダーを調整する場合に、Trueという言葉を使う。ファッションの世界では、まさにTrueが正確な表現だ。パターンメーカーはTrueする。パターンメーカーの仕事は、すべてのパーツがひとつの服としてまとまるように、縫い目と角をぴたりと整合させることだ。
ニコラ・カイト(Nicolas Caito)は、ニューヨーク在住のフランス人パターンメーカー。Trueすることの動きと美しさについて話を聞くため、私はカイトを訪ねた。ミッドタウンにあるアトリエでは、スタッフが2018年春夏コレクションに取り掛かっている。カイトは、1992年にLanvinの高級仕立て服アトリエで見習いを始め、パターンメーカーとして8年の修行を積んだ。さらに立体裁断を8年間学び、最終的にマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)率いるHermesとオリヴィエ・ティスケンス(Olivier Theyskens)率いるRochasで仕事をし、2005年、ニューヨークへ居を移した。
カイトのアトリエは静かだ。落ち着きのあるスタッフが慎重に寸法を測っている。型紙を作るには、先ずスケッチを見て、服の構造を把握する。次に、最終的に使用される生地の重量に対応したキャンバスを選び、ピンで留めながら、デザインどおりの形を作っていく。ドレーピングとも呼ばれるこの立体裁断の工程は、高度にシステム化されている。言うなれば、裁断用ボディーと服の関係は、数学者にとっての黒板と方程式の関係に等しい。服は多くのパーツの集合体であり、精確な型紙を作ることによって、服の複製が可能になる。きれいに並んだ小さな印は、最終的に高級プレタポルテを製造する工場へ手渡す暗号だ。ファイリング キャビネットの上には、私が知っているブランド名を記されたバインダーがある。Creatures of the Wind、Rosie Assoulin、Prabal Gurung、Proenza Schouler。12年前にパリからニューヨークに引っ越したとき、最初のクライアントになったそれらのブランドとは、今も密接な関係が続いている。型紙作り専門のアトリエは、北米ではカイトのアトリエしか存在しない。
カイトの説明によると、フランス語では「traçer(線を引く)、marquer(印を付ける)、pointer(合わせる)、équilibrer(バランスを取る)などの言葉を使います」。英語のTrueに相当するVraiという単語は登場しない。「言葉を動詞に変えてしまうのは、とても英語っぽいやり方ですね」。カイトは続ける。「フランス語ではVraiという表現は使いません。でも、型紙作りの目的を考えると、Trueは非常に的を得た言葉だと思いますよ」。型紙は、裁断だけでなく、生地の方向も示す。生地には布目があり、服としてまとめたとき、布目が同じ方向になるように裁断する必要がある。つまり、Trueには生地の方向も考慮しなくてはならない。カイトは、37年前に突然のひらめきに導かれてパターンメーカーになろうと決心したと言う。それまでは国際ビジネスを勉強していたが、「もっと自分に正直になろうと決めたんです。両親の希望や満足に合わせるのではなく、自分のやりたいことをやろうと...」。「自分の人生をTrueしたわけですね」と私は言う。

真実のパターン
デザインを実世界で具象化するもの、それが型紙だ。パターンメーカーは単に生地を裁断するのではなく、服のテンプレートを作り出す。知識に基づいて、裁縫の過程で生地が見せるであろう作用と反応を予測して、スケッチを存在へ転換する。「こんな風に無理に動かそうとすると、生地を尊重していないので、Trueではないと生地が応えます。強制的で不誠実に見えるんです。ですから、忍耐強く、生地が話しかけて協力してくれるような方法を探して、生地に敬意を払うことが大切です。自分を尊重しない人間は、人を尊敬することもできません」
私は、型紙作りを理解していなかった。あやふやな知識しか持ち合わせていなかった。友達に、頭の中で、毎朝鏡を見ながら、仕事で、日常的に服を説明しているのに、服の全体しか見ていなかった。私の着ている服が、かつては鉛筆の跡が付いたテーブルクロスであったことを忘れてしまう。

真実の伝達
カイトは、なめらかな木のテーブルの上を紙が滑っているような抑揚で、とても穏やかに話す。
「型紙が描く輪郭の中で、生地は語ります」。カイトは言う。「例えばこのラインをここに持って来ると、不具合が生じる。それが生地に欠点として現れるか、美しく現れるか。それは分からないのです。そこに、生地が自由に語れる余地があります」
アメリカにやって来たとき、最初に気付いた違いは対話だった。「僕のようにラッキーなら、フランスのアトリエに入れるでしょう。フランスのアトリエというのは、レストランの厨房と同じくらい、とても軍隊的な場所ですよ。上下関係に従わなきゃいけません。立場次第では、口を利くことすら許されない。口を利いちゃいけないんです」
ニューヨークは違う。「アメリカ人は喋らなきゃやっていけない。話好きですね」


真実の記憶
自分が作ったドレスをどういう風に記憶しているか、カイトに尋ねてみた。「たぶん、デザイナーとの関係ですね。歌のようなものです。ラジオから流れてくると記憶が蘇ってくる。良い思い出も嫌な思い出も。最高にきれいな服が、嫌なことを思い出させることもあります。つくづく思い出すんですよ、ああ、そんなときがあったなって」
真実の感覚
型紙を切り出すと、カイトは縁を指でなぞる。先ず、縫い目に沿って引いた線を、紙切りバサミで切っていく。ちなみに「裁ちバサミは使いません。紙用のハサミです」。そして、訓練を積んだ指で、微細な凹凸を検知する。完璧な線でなければ、やり直す。ペットにしたハムスターの撫で方を子供に見せるときのように、カイトは1本の指を繊細に滑らせる。「ああ、これは良さそうだ」。この確認は長年の経験で習得する行為であり、人的なエラーを想定している。だがこの方法こそ、圧倒されるほどに美しい服を誕生させる。そのような服の新しさは選択されたミスであり、Trueであることに変わりはない。

真実の対話
キャサリン・バーナード(Katherine Bernard)
ニコラ・カイト(Nicolas Caito)
キャサリン・バーナード:パターンについて、そしてパターンが複製を可能にすることについて、お話を伺いました。私は、人の行動を反復させる思考パターンについてよく考えます。幼少期の行動や学習を繰り返すことで、パターンが出来上がる。誰にでも、それぞれのパターンがあります。服でいちばん美しいことは、この世に存在しているということです。つまり、あなたが作ったパターンが生命を持つようになります。このことをどう思いますか? 他のものには設計図がありますね。建築家は設計図を使うけど、あれはパターンではありません。服にはパターンがある。家具の場合もパターンとは呼びません。パターンを作るのはとても特殊な技術です。パターンと呼ばれるのは、何らかの形で身体と関わりがあるからではないでしょうか。
ニコラ・カイト:パターンという言葉がどこから生まれたのか、僕には分かりません。フランス語ではパトロンと呼びます。パターンとパトロン。よく似てますよね。パトロンには「ガイド」の意味がある。現在は、」パトロンと言ったら上役のことだけど、以前はガイドすることを意味していました。例えば、(パターン上の線を指差して)これは僕の鉛筆を導いてくれるガイドだし、ハサミを導いてくれるガイドです。
フランス語では、設計図は違う言葉ですか? もし建築の場合...
建築の場合、フランス語で使う言葉はマケット。模型です。パトロンは、主にファッション業界の言葉です。他の分野で、何かを作るガイドに対してパトロンという言葉を使う分野があるかどうか、ちょっと思い出せないな。パトロンの役割はガイドすることです。裁断のガイドになり、縫製のガイドになる。
では、精確なパターンは、ある意味で本当のガイドでもありますね。パターンが導くもの、何を着るか、何を身に着けるか、を慎重に選ばないといけません。すべてが人生に影響しますから。
それは自分自身の中で突き止めるものだな。繰り返しになるけど、結局は自分に対して正直であり誠実であることです。
私たちは自分自身をTrueする必要があると、本当に思います。どこで物ごとを結び付けるか、きちんと見極めなくてはなりません。
そう。そして、自分に正直であること。そうすれば美しいものが生まれていきます。

真実の自分
今あなたが何を着ていようと、あなたを包んでいるものは型紙だった。あなたを包んでいるものが、あなた以外の人も包むことができるように作られた型紙だった。
型紙が再現されていると私たちは考えているが、実は型紙は私たちを再現する。ストリートで同じアスレティック ウェアを着た人を見かけると、自分ひとりの独占ではないことに、愛より憎しみを感じる。だが、いろいろな意味で、私たちが自分の外見をどう捉え、どう演じるかをつかさどる思考パターンは、私たちを再現し、慌ただしく過ぎていく時の中で私たちを整える。パターンメーカーとの対話は、そんな自分たちのパターンを上から眺め、不整合を正し、裁断する視点を与えてくれる。そこに、バランスを取り、Trueする技術がある。
- インタビュー: Katherine Bernard
- 写真: Eric Chakeen