ユーザー体験:
Balenciaga パリ店

デムナ・ヴァザリアが示唆する、
実店舗ミームが旗艦店にとって代わる未来

  • インタビュー: Jack Self
  • 画像提供: Balenciaga、Jack Self

「まったく、めぼしい男を見つけるのがどれだけ大変か、話し出したらきりがないわ」。友人は慣れた手つきでタバコの吸い殻を地面に投げ捨て、高いヒールで踏み消してから、空に向かって煙を吐いた。「セックス目当ての奴ばっかりなんだから」と、口紅を付け直す。

多くの出会い系アプリで性的対象化が横行しているのを見るだけでもげんなりなのに、ファッション業界で同じことが起きているのを見るとなおさらだ。かつて「ミート マーケット」は、行きずりのセックス相手が簡単に見つかるバーやナイトクラブを意味した。しかし今日では、場所を問わず、その状況が当たり前になってしまった。性的対象化は、インターネット上で自分の写真や動画を公開することから服の売買に至るまで、社会のありとあらゆるところで進行している。セックスが目的か、「いいね!」ボタンを押してもらうのが目的か、それは人によりけりだが、自分自身の完璧な「ブランド」イメージを作り上げる熾烈な競争が行われていることには、変わりない。

これこそまさに、Vetementsで名を上げ、Balenciagaのクリエーティブ ディレクターになったデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が、パリで新しい旗艦店をオープンするにあたって提起しようとしたことだ。遠目から見たインテリアは、典型的な高級ブランドそのものだ。大きな一枚ガラスの窓。無駄のないモダニストのスタイル。厚みのあるグレーのカーペット、クリーム色のリノリウム、なめし革のソファ。ネオンの照明は、商品に高級な輝きを浴びせるよう、綿密に計算されている。しかし、サントノレ通りにある店舗に近づくにつれ、独特のディテールが目に入ってくる。

例えば、あらゆる備品が桁外れに大きい。普通はクリップのついたシンプルなハンガーを使うところに、130kgの荷重に耐えられる工業用フック。どちらかと言うと牛の片身を吊るすのにもってこいの代物だが、前身頃に「SPANDEX」とプリントされた650ドルのドレスがかかっている。それを見た瞬間、ふと、店内のクロムメッキのレールが食肉処理場で使用される設備の豪華版を意図していることに気づく。大型の台車、不穏な雰囲気の懸垂システム、磨かれたスチールの解剖台、清掃しやすいリノリウムの床。全体が、さながら医学実験か生肉工場のような雰囲気を醸し出す。

「ああ、なるほど。『生肉工場』と『ミート マーケット』をかけてるってわけか」と、あなたは思うだろう。しかし、であれば、これらの服は一体なぜここにあるのか? まるで儀式のようなパフォーマンス アートに参加するように、服を着てフックからぶら下がれとでも言うのか? それとも単に、ファッション自体がとてつもなく商品化している責任の一端は我々にもある、ということを示しているのか? あなたは分かるだろうか?

「わかるさ、そういうジョークなんだろ」とあなたは言う。皮肉を込めて。我々は所詮、わざとコーヒー染みの加工をほどこした1250ドルのジーンズを買いに来る、そして時々中身を漏らす体液と細胞組織の入った袋みたいな存在だ。店内のインテリアは、現実世界のミームのように機能している。このミームは、コンテクストとネットワーク化された情報を通して、曖昧だが特別な意味合いを表現する。何重にもオブラートで包まれたメッセージのほんの表層部分でもあなたが理解できたら、「解読」した達成感によって、商品に対する欲求が強まるように計算されている。要は、Balenciagaは内輪のジョークにあなたを誘っているのだ。

過去一世紀にわたり、ファッション業界は、買い手にメッセージを伝える複雑な仕組みを構築してきた。ルックブックや撮影、セレブを招待するレッド カーペットのイベントなど、ブランドを前面に出す華やかなアプローチもあれば、「ポップ アップ ストア」「コンセプト ストア」「旗艦店」といった従来の商業的アプローチも利用されてきた。しかし、デムナ・ヴァザリアは、こうしたシステムに対する業界自身の内省を促しているようだ。彼の手掛ける作品には、少なからず童話「裸の王様」を想起させる要素がある。つまり、現在グローバル ファッションを牛耳るメガブランドと巨大ファッション産業に特有の慇懃無礼を、茶化しているのだ。

ここで提起されているのは、作品の持つ批判的要素が鑑賞者の意識と行動力を高めるという主張だ。しかし、この論理は、フランスの哲学者ジャック・ランシエール(Jacques Rancière)によって否定されている。ランシエールによれば、ある状況についての認識が高まったからといって、必ずしも行為者の主体性が高まるとは限らない。例えば、風船アートのように見えるジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の動物の彫刻は、現代の幼児化社会に対する批評とも読める。だからといって、美術館のギフト ショップを出た後も、一生子供と大人の中間の状態で暮らしたいという衝動に、私たちは敢えて抗おうとはしない。今これを読みながら「うんそうだ」と頷いただろう? 結局、皮肉を多用すると、いつも同じ問題にぶつかる。皮肉をよく言う人は、具体的に自分が何を信じているのか、明確に説明できないのだ。そのことをあえて問い詰めない聞き手の協力がないと、ことは成り立たない。

Balenciagaの店舗が放つ強烈な皮肉を目の当たりにすると、自問せずにはいられない。なぜ、いまだに旗艦店などというものが存在するのか? 確かに、ヴァザリアの意図は分かるが、それにしても、ずいぶん金のかかるジョークじゃないか? 言うまでもなく、Balenciagaは他の多くの産業も直面する共通の問題を抱えている。すなわち、一等地に多くの実店舗を構えるコストを、どう正当化するのか? それに対する一般的なアプローチは、服を買う「体験」を向上させることだ。「文化的なことをやっているように見える」イベントを開催する、個室で高級シャンパンを提供する、(コラボの限定商品はよく売れることから)希少価値を煽って購買意欲を高める、等々。にもかかわらず、実店舗で買い物をする魅力は、以前にも増して色褪せてきた。

原因の一端は、ファッション業界が、LVMH、Hermès、 Richemont、Keringといった一握りのヨーロッパ企業に支配されるグローバル ビジネスになったことにある。これらの僅かな企業が、年間2,100億ドルもの利益を上げ、知名度や売上高のランキングに名を連ねる100近いラグジュアリー ブランドを傘下におさめている。これは、同一のカテゴリーと価格帯で、例えば、Kering傘下のGucciとLVMH傘下のLouis Vuittonが熾烈な競争が繰り広げる一方、どちらもKering傘下にあるBalenciagaとYSLが売上げを食い合うことは絶対に避けなくてはならないことを意味する。磁石のNとSのごとく引き合ったり反発しあうブランド同士の関係は、ファッション市場を歪めるだけでなく、街並みも歪めてきた。その結果、どこでも、綿密に計算されたブランドの組み合わせが再現される。空港、ショッピングモール、大通りなど、ありとあらゆる商業エリアで、特定の会社同士がいつも近くにオフィスを構えていることに、あなたも多分気づいているだろう。無意識のうちに、関連するブランドも記憶しているかもしれない。

1939年に発表された論文「Avant-Garde and Kitsch(仮題:アバンギャルドとキッチュ)」で、クレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg)は、キッチュを「都会に住む大衆の鈍感な感覚を助長させる」と表現した。さらに「この鈍感さこそが、金のなる木なのだ。キッチュは機械的で、一定の様式で動く。キッチュは他人の体験であり、偽りの感情である。キッチュはスタイルによって変化するが、常に同じだ。キッチュは、我々の人生におけるあらゆる偽りの縮図だ。キッチュは、顧客に対し、商品代金以外は一切、時間さえ、要求しないかのごとく装う」。グリーンバーグによるキッチュの定義に従えば、まさにファッションの実店舗をとりまくシステムや状況がキッチュになってしまった、と思える。

このように停滞した小売業界の状況で、デムナ・ヴァザリアは、ショッピングに対する比較的さりげない、しかし強烈に皮肉なステートメントを掲げて、ファッション業界の構造を覆そうとした。だが私から見る限り、その段階には達していない。ヴァザリアは、まだ「商品を売る」ことに軸足を置きすぎているように思えるからだ。ネット ショッピングの魅力のひとつは、一瞬にして全く別のブランド、スタイル、価格帯を比較できることだ。ビンテージの洋服を扱っているサイトなら、別の年代との比較だってできる。このことから、物理的には、それぞれのブランドがそれぞれに旗艦店を持っても、役に立たない。なにせ店から店への移動に時間がかかりすぎるし、商品の比較や検討が難しすぎる。いっそのこと、旗艦店で服を売るという考えを放棄してみたら、おもしろいかもしれない。店舗では何も販売しない代わりに、Balenciagaのロジックを究極まで推し進めるのだ。かつて店舗として使っていた場所を、アトリエとして活用したらどうだろう。アートな表現の中心地として、ライブ パフォーマンスやエネルギッシュな活動を展開する。一方、ミームは、特定のコンテクストと結びついて日々進化する、ユーモアに溢れた文化的コミュニケーションの手段である。「ミーム化された店舗」が将来的に発展する可能性は、大いにありうる。現実にそうなるまでは、ミート マーケット状態が続くのだろう。

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