キル・レモンズの宇宙とVersace Jeans Coutureの星座
躍進する新進フォトグラファーと友達の輪で、老舗ブランドのストリートウェアが生まれ変わる
- インタビュー: Erika Houle
- 写真: Quil Lemons
セルフィー、セルフ ケア、セルフメイド…。「セルフ」を手に入れるための宣伝と活動がまかり通る自己中心カルチャーの時代にあって、キル・レモンズ(Quil Lemons)はまったく別のこと – 自分以外の人の成功を心から応援することに打ち込んでいる。
21歳のフォトグラファーが作り出した軽やかな宇宙は、限りない肯定に満ちている。そして、そのすべてが作品に表現される。私が最初にレモンズと顔を合わせたのは、ビールが売り物のパブだった(実は、レモンズはウイスキー カクテルのほうが好きだ)。その後、降りしきる雪の中をボウリング場まで歩き、数ゲームをプレイした。3ラウンドの負け続きにもかかわらず、レモンズは私に声援を送り続けた。スポーツマン精神は、彼の第二の天性だ。
フィラデルフィアで生まれ育ったレモンズは、繊細な傷つきやすさをとらえることで、被写体に隠されている美しさをひき出そうとする。人生という物語に必ず内在する忍耐に光をあて、称賛したいと思う。瞬間の魔法を写し取るレモンズの作品には、被写体の精神の本質が表れる。だが同時に、心地よいオーラも漂う。例えば、曾祖母の居間に飾られている家族の肖像。あるいは、いちばん付き合いの長い友人のひとりであるケリー・フォー(Kari Faux)が、逆さまの後ろ向きで中指を建てているEP『CRY 4 HELP』のカバー。
全日制大学のニュー スクールで学びながら、ニューヨークのあちこちを飛び回ってきたレモンズの履歴書は、先月卒業したばかりというのに、驚くほど長い。Gucci、ジャングルプッシー(Junglepussy)、『ヴォーグ』…ちょっと見るだけでも、コラボレーション パートナーとして挙げられたリストが、これまでの成功を物語っている。にもかかわらず、彼個人の利益の追求が将来の目標であったことは、一度もない。レモンズは、オンライン世界の空虚なネットワークに関わるより、現実の仲間の発展を応援し、友情に報いることを目指す。それは彼自身が育まれ、開花した世界であり、あらゆる分野で活動する多彩なクリエイティブ仲間が構成する「第二のファミリー」だ。
「伝統という規則に縛られることなく、ストリートウェアとクチュールを融合する」というブランド理念へ立ち戻り、復活する運びとなったVersace Jeans Coutureを記念して、レモンズが強く影響された7人の先輩や友人を選び、体験談やエピソードをSSENSEに語ってくれた。プロスペクト パークの近く、ブルックリンの歴史を刻む褐色砂岩の住宅街で撮影された写真には、心のふるさとへの親しみが溢れている。場所ではなく、そこにいる人たちこそ、ふるさとだから。キル・レモンズの居るところ、甘く爽やかなレモネードの香りが漂う。

カリフ・ディウフ(KHALIF DIOUF)、ラッパー / プロデューサー
彼の音楽は、ずいぶん前から知ってた。黒人でクィアのラッパーなんて、そうそういないよ…黒人で、堂々とゲイだと認めてるラッパー。僕は、そういう彼を見ながら大きくなってきたわけで、とても尊敬してる。ラップは大好きだし、2014年に、マックルモア(Macklemore)がビートを盗用したりゲイの問題を不当に利用しているとカリフが率直に意見したのは、すごいと思った。インディーズ系のアーティストがそういう自分の考えをはっきり口にしたら、キャリアの妨げになるかもしれないのに、遠慮せずに公言したんだから。先ず第一に黒人、おまけにゲイ。それじゃ無理だよ、お先は真っ暗だって、みんなに言われれる。黒人でしかもゲイ、っていうのは、それほど大変なことだ。だから、彼がそういう立場で音楽を作ってることに、とても大きな意味がある。カリフを紹介してくれたのは、ジャングルプッシー。ふたりは大の親友なんだ。みんなで座り込んでワイワイ喋ってて、気が付いたら夜中の2時だった。マリワナを回して、カルチャーについて話してて、「何がクールだと思う?」って尋ねられたとき、僕と僕の友達のマイルズ(Myles)はすかさず「君たち全員!」って答えたね。できたばかりの頃のTumblrでカリフやジャングルプッシーのラップを聴いて、友達になりたいなぁと思ってたから、願いが実現してすごくハッピーなんだ。カリフの音楽を聴くと、自分であることに自信が持てる。ゲイのミュージシャンは、クィアという点だけを取り沙汰されることが多いけど、彼はラッパーとしても本物だ。ラップに色々なサウンドを合体させるところが、素晴らしいと思う。特に『Riot Boi』がリリースされた時期は、色んなジャンルがミックスされることは少なかったのに、カリフはトラップのビートとエレクトリックなサウンドをブレンドしてたからね。男性だけど肉体が女性的なラッパーは、ラップというジャンルをもっともっと発展させるんじゃないかな。今は、ロックやEDMのサウンド、ディストーション ボイスなんかとミックスするミュージシャンも多いけど、そんなの、何年も前からやってる。カリフは知らないかもしれないけど、僕は「カリフが黒人でクィアであることをあれほどクールに表現できるんだったら、絶対、僕だってやりたいことができるはずだ」と思いながら、大きくなったんだ。

ドリーリー・カーター(DRIELY CARTER)、フォトグラファー
ドリーリーとは、去年の夏、ブルックリンで友達になった。「僕たちには共通の友達がいっぱいいるみたいだ。君の作品はものすごくクールだと思うし、例えば大判の撮り方とか、色々と教えてもらえたら嬉しいよ」って、僕からダイレクト メッセージを送ったのがきっかけ。ドリーリーは、ティンタイプやルビーガラスの湿板写真を撮るんだ。僕が好きなのは、『Hypebeast』の表紙のアレキサンダー・ワン(Alexander Wang)。あれ、1時間で撮影したんだって。凄いよね。僕は、最終的な出来上がりより、過程に関心を持つ人が好きなんだ。あの撮影はそれで成功してると思うし、表紙に表れたエネルギーからもそのことが感じられる。ドリーリーの作品には、刺激されたものがとてもたくさんある。特に、女性がメンズウェアを撮ると、面白い写真になるね。それから、彼女はGirlgaze対しても、自分の意見を言った。そしたら、みんな彼女の言いたいことを理解せずに、怒ったんだ。だけど、彼女が言いたかったのは、Girlgazeは、夢見るような光線の具合で撮影されたイメージばっかりで、「私も女性だけど、何でも自分がやりたいように撮影できるはず。いつもあんなファンタスティックなスタイルである必要はない」ということ。女性のフォトグラファーは、いわば革命を起こせる存在だ。僕は「頑張れ!」と声援を送ったね。だって、彼女の言ってることは正しいもの。特に2018年の初めは、ペトラ・コリンズ(Petra Collins)に代表されるような、フェミニズムをテーマにした写真が流行しただろ。ペトラには何の恨みもないし、クールな女性だし、立派な仕事をしたと思う。だけど、他のフォトグラファーに同じ作風を求めたのでは、伸びていかないよね。ドリーリーはビヨンセ(Beyoncé)もファレル(Pharrell Williams)もカニエ(Kanye West)も撮ってる。自分がやってることをきちんと理解してる。何事も恐れず、堂々と自分の意見を言う人が、僕たちには必要だ。


マヤ・モネス(MAYA MONÈS)、モデル / DJ
ニューヨークのナイトライフと言ったら、なんといってもマヤ・モネス。僕がトランスジェンダーというアイデンティティを知り始めた頃、マヤは顔を女性らしく整形する資金を集めてた。そのおかげで、僕は、ジェンダーの転換とプロセスのすべてを理解するようになった。僕にとってマヤはいつもファッション モデルだったし、マヤが辿って来た道のりをとても誇りに思う。非白人でトランスなのは、生易しいことじゃないよ。それを彼女は、完璧にやってのける。それだけじゃなくて、パーティーにせよコンサートのオープニングにせよ、バイブやトーンを作れる上手いDJがどれほど大切か、みんなわかってないんじゃないの? チーフ・キーフ(Chief Keef)の後に、いきなり70年代のディスコ ソングをかけるわけにはいかないんだ! 徐々に、移行させなきゃいけない。マヤは2000年代の曲だって使いこなすからね。キャシー(Cassie)の、それも「Me & U」じゃなくて、「Long Way 2 Go」を選ぶ。音楽を知り尽くしてなきゃ、できないことだよ! マヤを一目見たときに、僕は「オー マイ ゴッド、アイ ラブ ユー」って感じだった。実際に付き合ってみると、もっと陽気で活き活きしてた。人を惹きつける魅力があるけど、部屋中の人を骨抜きにしてしまうような強烈な磁力じゃなくて、優雅にヒシヒシと伝わってくる引力。それがわからないようなら、受け取る側の問題だな。

アライヤ・モネット(ALIYAH MONET)、モデル
今のブルックリンに来る人は、ほぼ例外なく、ブルックリンがもう自分たちが好きなように暮らせる場所じゃないことに、否が応でも気付かされる。そのことについて、アライヤはすごく率直に発言するし、実践的な活動家になる道を模索してる。大勢のフォトグラファーやエージェントは、止めるように忠告するだろうね。だけどアライヤは、単に黒人の女性がエディトリアルのモデルになれることを証明しているだけじゃない。ブルックリンから住民が追われることのないように、声を上げて、コミュニティのために活動して、みんなが暮らしていける町づくりを目指してる。素晴らしいことだと思うよ。強烈に個性的で、彼女のビデオも大好き。ビデオがリリースされる度にそう感想を伝えるんだ。「私も、あなたのやってることは全部大好き」って言ってくれたときは、「僕は君のすべてが大好き」って答えたよ。

チャド・マードック(CHAD MURDOCK)、映画製作者
僕の親友のひとりで、しかもルームメイト! 友達とは一緒に暮らすな、ってよく言われるけど、僕たちふたりはすごく似た者同士なんだ。本当、気味が悪いくらい。この前パパが来たときなんか、ちょうどチャドが部屋から出てきて、二度見したって。「目がどうにかしたのかと思った」と言ってたよ。チャドのほうが僕より控え目で、そういうところも大好きだ。僕より几帳面だし、これはある意味で見習いたいところでもあるな。最近、まったく仕事の予定がないときも、「でも大丈夫。うまくいくよ」って言ってくれるんだ。チャドは三作目の短編を完成したところ。「観た人が誰でも共感できる、個人的なあれこれ」って、自分でよく言ってるよ。実際、その通りなんだ。僕も自分の作品について同じように考えるようにしてる。「世間に知られるのが怖いほど、めちゃくちゃデリケートなことなんてないだろ」ってね。僕のアートは、そういう視線を失いたくない。そこまで引っ張ってくれたのは、チャドだ。映画には、チャドとお父さんとの葛藤が描かれてる。チャドがブラウスを着てると、「そんなシャツを着るな」ってお父さんが言うんだ。だけど、そこにはシャツよりはるかに多くの意味がある。チャドは、僕がニューヨークで出会った大好きな人たちのひとりだし、一生の友達だろうな。


アウェン・チョール(AWENG CHUOL)、モデル / アクティビスト
アウェンと出会ったのは、僕が17歳で、Glitterboyのシリーズをやってたとき。当時のアウェンは、まだ、どのエージェントとも契約がなかった。とにかく「強烈な個性の顔!」って、びっくりしたな。すごく印象的で、ユニークだった。快活で、一緒にいるとこっちまで楽しい気持ちになってくる人だよ。色んな意味で、僕たちはお互いに助け合う仲なんだ。特に最低に落ち込んでるときは、ちゃんとやるべきことをやってるとお互いに言い聞かせる。トンネルが続いて、いつまでも出口が見えないときに、「あともう少し。もうひと踏ん張り。諦めずに頑張ろう」と励まし合う。アウェンは地に足がついてるし、黒人のクリエイティブ仲間を応援したいと思ってる。「いつかMETガラへ行くときは、黒人デザイナーのドレスを着るんだ。McQueenが着てほしいと言ってるけど、ちゃんと気持ちの準備ができて、私自身の思うかたちで出席できるまでは行かない」と言ってる。今は法律を勉強中で、「2020年には学校も卒業してるし、準備が整ってるはずだから、METガラへ行ったら絶対に話題をさらう」んだって。アウェンはただのマヌカンじゃなくて、それよりはるかに多くのことをやってる。コミュニティにも貢献してるし、ウガンダを支援する「Love Uganda」、教育を促進する「Stand4education」、女性の教育とエンパワーメントを目指す「Pro-Girls Foundation」とか、チャリティにも協力してる。アウェンが黒人モデルとして有名になって、僕もすごく嬉しい。


ローラ・レーゲンスドーフ(LAURA REGENSDORF)、『ヴァニティ フェア』ビューティ ディレクター / 『ヴォーグ』寄稿編集者
『ヴォーグ』で、僕を面接したのがローラ。それで『ヴォーグ』の初めての仕事が貰えたんだけど、「どうやって、僕をみつけたんだろう?」と不思議だった。 巨大な組織で彼女ほどの地位にある人が、僕を信頼して、「プライド」の撮影を任せて、それをダイアリーのセクションに使ってくれたことを、とても感謝してる。ローラは僕が特別な存在みたいに感じさせてくれたし、僕もローラに対して同じように報いたいと思ってる。業界人にはたくさん出会うけど、ライターの人たちは、自分たちの居場所はレンズの後ろで、スポットライトを浴びる立場じゃないと考えてる。そういう仕事を長年続けながら、燃え尽きることもなく、書くことを投げ出しもしないのは、すごく立派だと思う。ジャーナリズムを勉強中の学生の僕でさえそう感じたんだから、それを職業として成り立たせてきたローラには脱帽だよ。ちょっとした小さなことが、人生にとても大きな意味を持つようになる。みんなそれをわかってないみたいだけど、僕が撮影していたイメージにローラが何かを感じてくれたことに、僕はとても感謝してる。

キル・レモンズ(QUIL LEMONS)、フォトグラファー
インターネットの時代って、本当、見せかけだと思う。物事がうまく運んで調子がいいときだけ、関わろうとする。僕自身、そういう体験を味わってきたよ。「そういうのはお断りだ。僕が欲しいのは、泣きながら前へ進む道を探りもがいてるときに、そばにいてくれる友達だ」と思う。オンラインの関係はすごく移り気だし、いつ消えてもおかしくない。数字なんか、現実には何の意味もないことが、つくづくわかるよ。僕がプロの写真家になってまだ2年半だけど、そんな短いあいだにどれほど辛い思いをしたか…まったくクレイジーだ。僕としては、ソーシャル メディアとか、例のブルーの認証バッジとか、そういう諸々なしでやり遂げた人を尊敬するね。社会へ出て、人と会って、自分が現実に優れている面をみんなに知ってもらえば、それは、自分に備わった才能が信用されたということだ。その点、ブランドは数字に基づいて投資を割り当てる。いちばん多くシェアされるのは誰か…それじゃ、ロボットしかいなくなるよ! 僕が本当に大切だと思うのは、仲間意識を育てること。ブランドでも個人でも、仲間の意識があって初めて、息の長い活動ができるんだ。
- インタビュー: Erika Houle
- 写真: Quil Lemons
- 写真アシスタント: Bryan Anton、Rahim Fortune
- スタイリング: Savannah White
- ヘア&メイクアップ: Sage White
- 制作: Alexandra Zbikowski
- モデル: Driely Carter、Aweng Chuol、Khalif Diouf、Maya Monès、Aliyah Monet、Chad Murdock、Laura Regensdorf
- 撮影場所: Andrew Samaha
- 翻訳: Yoriko Inoue