Y/PROJECTのミレニアル精神
グレン・マーティンスは、いかにして悲嘆のブランドを継承したか
- インタビュー: Jina Khayyer
- 写真: Lukas Gansterer

世代交代の波で、パリのファッション界は変容しつつある。合わせて170年間の歴史を持つChristian DiorやBalenciagaといった老舗ブランドは、積もった埃を払い落として軽快なフットワークを保つために、クリエイティブの方向転換を図っている。一方で、パリの北西部、正確にはパリ10区では、Y/Projectのグレン・マーティンス(Glenn Martens)を始めとするデザイナーたちが、刺激的なファッション ブランドをゼロからじわじわと構築している。Gaultierのジュニア デザイナーを務めたマーティンスは、やがてGaultierを離れ、故人となったヨハン・セルファティ(Yohan Serfaty)の後任として、悲しみに沈んでいたY/Projectのアトリエを引き継いだ。短期間でパリ コレクションのランウェイに登場するようになったY/Projectは、テーラリングによるデフォルメと飾り気のない活力が特徴のスタイルを確立している。「視覚的快楽」とも形容される落ち着きと無気力の融合は、新鮮で、気取りがない。しかも、優秀な技術を窺わせる。最新コレクションは、シャープなヒダや不定形な折り目で入念に乱したシルエットが極めて現代的だ。立ち上げから10年にも満たない若いブランドだからこそ獲得できた優位だろう。
マーティンスは、アントワープのファッション教育で培ったデザイン原理を捨て、今では感性にしたがって、会社とそのビジョン、スタッフを牽引している。ジナ・カイヤー(Jina Khayyer)がスタジオを訪れ、集団的かつ感性的な意思決定の世界を体験した。
Jina Khayyer
Glenn Martens
ジナ・カイヤー:Y/Projectとは、どんなブランドですか?
グレン・マーティンス:全員に発言権がある、小さなチーム。何か解決策を提案する場合、インターンでも僕と同じ発言力がある。僕たちが考えるファッションって、同じように見える人間の集団を作ることじゃないんだ。ブランド集団の仲間になるために服を買う、そういう消費者が顧客のブランドはもう十分過ぎるほど存在するからね。僕たちは、デザインして、何かを問いかける。Y/Projectを動かしてるのは感性なんだよ。
どういう問いですか?
例えば、「あなたは誰?」とか。
では、あなたは誰ですか?
自分が誰なのか、いつも分かってるわけじゃないな。自分が誰かを理解するには、じっくり自分と向き合う必要がある。もちろん、自分を全く知らないわけじゃないけど、完全に理解しているわけでもない。それに、良くも悪くも、自分自身に驚く意外性が好きだし。

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Y/Projectは感性で動いている。それを、もう少し説明してもらえませんか?
僕たちは、どんなルールにも従わない。何でも可能なんだ。服を作っているあいだも、最終的にどうなるのか、確実には分かってない。
コレクションを作る場合は、どこから手をつけますか? 例えば、先ずスケッチですか? トルソーを作って型を取りますか? それとも、デザインは完全デジタルですか?
僕はいつも、技術に関するアイデアから始める。ほとんどの場合、抽象的なコンセプトだけどね。それが、段々、服になっていくんだ。デザインチームは、インターンを含めて5人。パターン作りも、全部そこでやるよ。いや、正確には95%かな。使いたいテクニックをスケッチやドローイングに描いて、僕が最初にインプットを出す。それをチームに渡すと、チームが2週間かけてアイデアを発展させる。でもさっき言ったように、ルールはないんだ。ほとんどのアイテムは、フィッティングの段階で進化していく。例えば、この前のコレクションに使った重ねた肩パーツ。あのアイデアは、インターンのTシャツを見て思いついたんだよ。大き過ぎるTシャツの袖を、自分のサイズに合わせて縫い縮めたもんだから、肩が二重になってた。そのアイデアがすごく気に入ったから、もっと発展させてみたんだ。
つまり、あなたにとっては、服を構築することが重要なのですね?
そうだね。構築が、いちばん最初で、一番重要な要素。新しいテクニックを発見した瞬間は、最高だよ! だけど、そのテクニックを実際に使えるようにしなきゃいけない。僕が好きなのは、ヒネりを加えること、色々な表現で試せること。ひとつのコレクションで、スポーティにもエレガントにも、オートクチュールにも使えるテクニックがいいんだ。以前やった、メタル ワイヤーを使ったテクニックみたいにね。僕は、二面性を感じられなきゃダメなんだ。実際のところ、二面性のことしか頭にない。
それは、なぜ?
いろんな可能性が好きだから。僕はベルギーのブルージュの出身なんだけど、ブルージュは街並み自体が博物館みたいな、すごく小さい地方都市なんだ。とても綺麗で、とても簡素な街。子供の頃は、世界がどこもブルージュのように美しい場所なんだろうと思ってた。18歳のとき、ようやくひとりでロンドンに行って、ものすごく落胆したよ。完璧で美しいものなんて、何もなかった。それからは、ずっと完璧を探したんだ。歴史が頭から離れないし、古典的な美も頭から離れない。学生のときも、その後若手デザイナーになってからも、僕のコレクションは常に完璧で美しかった。全部白で、清潔感があって、優雅で。長い間、古典的な美、理想的な美の様式を捉えようとした。世界はそれほど古典的じゃない、ってという事実と折り合いをつけられるようになったのは、ここ数年。だから今は、その反対にも魅力を感じる。
Vetementsのデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)もそうですが、今ブランドを育てているあなたと同世代のデザイナーは、メンズとウィメンズのコレクションを同時に発表する人が多いですね。その点、あなたはメンズ、ウィメンズを分ける形にこだわっています。でも実際には、素材と色を変えて同じアイテムの2回発表している。どうしてですか?
全く同じカッティングでも、男性が着れば素晴らしく男らしく見えて、女性が着れば素晴らしく女性らしく見える。それを見て欲しいから。僕はジェンダーを区別しない。服を着た人が「どうすれば自分のものにできるか? 自分そのものにできるか?」を自問することが、僕にとっては大切なんだ。




でも、それはとりもなおさず、自分自身が何者かを知ってることじゃないですか?
「自分が何者か」を毎日発見したり考えたりする必要があることだと、僕は思う。さっきも言ったように、僕自身、自分が何者かを正確には分かっていない。自分の中に、すごくたくさんの人格がいるような気がすることもある。でも、自分がやりたいことは分かってる。明確な主張のあるアイテムを買って、そのブランドの一部になるほうがずっと簡単だということは知ってるよ。そのブランドはクールで格好良いから、それを着たら即、自分もクールで格好良くなれると思う。でも、それはY/Projectが進む道じじゃないんだ。僕たちは多様性のある社会に目を向けている。Y/Projectのスタッフを例に取ると、およそ50人のチームで、それぞれのバックグラウンドは全く違う。僕がデスクを一緒に使ってるのは、フランス人の男性、アイルランド人の女性、ケニヤ出身の女性、トルコ人の男性。バックグラウンドが同じメンバーは、まったくいないんじゃないかな。
ファッションを学んだのはどこですか?
アントワープ。
パリに移動した理由は?
Jean Paul Gaultierから仕事のオファーがあったから。
それは、あなたにぴったりの仕事ですね。彼は、おそらくもっとも「ブルージュ的」なデザイナーじゃないですか?
そう、まさにその通り。素晴らしい人物だよ。でも白状すると、2009年に学校を卒業した当時、僕はすごく高慢だったから、Gaultierでの仕事にあまり満足してなかった。アントワープの王立芸術アカデミーは厳しい学校で、大変な努力を強いられるから、とても自己中心的なものの見方になってしまう。学校を出る頃には、自分が大物みたいな気になってるんだ。やってやろうじゃないか!みたいな感じ。バランスが取れてないよね。良いことじゃない。地獄を切り抜けてきたんだから、何かすごいものに値する人間だと思うんだよ。でも、そうじゃない。何の価値もないんだ! 実際には、大金を持ってるか、強いコネがない限り、どうにもならない。そうじゃなかったら、自分でじっくり道を切り開いていくしかないんだ。
それが、あなたが選んだ道ですね。Gaultierの後、今は亡き創設者ヨハン・セルファティからY/Projectを引き継ぐまでのあいだ、いくつかのプロジェクトに取り組んで、数シーズンは自分のブランドを持ってたこともありますが、どういう経緯だったんですか?
ヨハンが亡くなったとき、ビジネス パートナーでY/Projectオーナーのジル・エラロフ(Gilles Elalouf)はパリのオートクチュール組合に連絡して、何人かデザイナー候補を推薦してもらったんだ。その中に僕の名前があったわけ。で、僕が選ばれたのは、以前ヨハンと仕事をしたことがあるという合理的な理由から。それに、僕はすごく若かったから、安上がりだったしね。でも正直に言うと、ヨハンのブランドを引き継ぐことに、最初はすごく懐疑的だったんだ。ヨハンはすごく印象的だったから。2メートルの長身で、すごく痩せてて、まるでティム・バートン(Tim Burton)の作品に出てきそうな人物だった。みんなヨハンに心酔してたし、彼特有のダークで陰鬱な美学と僕のクリエイティブなビジョンは、まったく違ってた。業界にはもう、そういうスタイルを見事に確立したRick Owensがいる。だから躊躇したんだ。それに、故人を慕ってるブランドを引き継ぐのは、難しいことだよ。ブランドには15のショップがあって、全部が喪に服してる状態。かなりやり辛かったな。ヨハンに敬意を表するためには、現在のファッション業界のテンポとは逆に、穏やかにゆっくり、移行させることが必要だった。ヨハンらしさから離れて、新しいY/Project を作り上げるのに、1年半かかった。Y/Projectに参加して3年経った今、ようやく僕の望む方向にゆっくり近づいている感じがする。




あなたのインスピレーションは、どこから?
インスタグラムにハマってるんだ。僕のベルギーの友達は、みんなインスタグラムを毛嫌いしてて、あんなのはかなり時間の浪費だし、あまりにもエゴが強すぎると思ってる。間違いじゃないかもしれないけど、すごく良いバロメーターだとも思うんだ。普通は接触できないような社会に辿り着けるからね。ロンドンにも行ける。それなりの人たちをフォローしたら、ロンドンに住んでるような気分が味わえるよ。あとは、休日もインスピレーションの源だね。去年の夏、スコットランドで3週間、トレッキングとキャンプをしたんだ。あのときは自然とひとつになって、蚊に食われることとできれば濡れたくないということ以外、何も考えなかった。すごく刺激的だったよ。
デザイナーの友達はいますか?
あまり社交的じゃないんだ。僕のソーシャル ライフなんて、地味なもんさ。アパートには皿が2枚しかないから、1人しか招待できないし、パスタしか作れない。食事はいつもベジタリアン。別にベジタリアンじゃないんだけど、肉を買って家で料理することはないから。ワインはいつも飲んでる。赤ワインね。パリでは、長い間、引きこもりがちな生活を送ってたんだ。パリのファッションを楽しむようになったのは、ほんの2〜3年前から。パリのファッション業界は、幸せな大家族というわけじゃない。散々いがみ合いがある。でも、僕と同世代には、素晴らしい人たちもいるんだ。クレージュ・ボーイズ(Courrèges boys)とか、デムナやサイモン(Simon)とか。「さあ、今日は金曜日だ」なんてノリで集まることはないけど、共通の友達もいるし、最後にはいつも同じパーティーで顔を合わせることになる。
Y/Projectは、去年、LVMH賞にノミネートされましたね。
そうなんだ。あれで大きく変わったよ。とくにブランドの認知度がね。LVMHは素晴らしいプラットフォームだ。いろんな人や、アナ・ウィンター(Anna Wintour)みたいなレジェンドにも会えたし、参加できてすごく感謝してるよ。
アナ・ウィンターの考えに、繋がりを感じますか?
繋がりは感じない。だけど、重要な存在だ。イギリスの女王みたいにね。エリザベス女王も、僕には関係ないけど、すごく重要な存在だろ。女王が亡くなる日には、社会の一部も死んでしまう。アナ・ウィンターや女王のような人物は、本当、僕たちとは全然違う現実を生きてる。僕にとって現実とは実際的であることだけど、一方で、夢見ることやファンタジーを信じることはとても人間らしいことだ。マジック マッシュルームを食べたら、現実の中にファンタジーがたくさん生まれる。それと同じで、社会も、現実的でサイケデリックな空気を作り出すことがあるんだ。イギリス女王。アナ・ウィンター。ふたりとも、ある種、幻覚作用から生まれた存在さ。
あなたとファッションの繋がりとは?
人が服を所有して、それを着て幸せなら、その服と人は繋がってる。実は、僕の祖母は、僕がクリスマスにプレゼントしたY/Projectのコートを気に入って、愛用してくれてる。僕の友人も似たようなコートを持ってる。そういうふうに、ジェンダーや年齢に関係なく上手く機能する服なら、そのファッションには関連性が備わってるんだ。

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