ヘッドフォンのデザイン史
主張し続けるアクセサリーの過去、現代、未来
- 文: Kate Losse

1979年にSony がウォークマンを発表したことで、私たちがひとつの場所から別の場所へ移動する間に見える世界や経験が変わった。携帯できる音楽の到来によって、仕事場や家庭で使うだけの端末だったヘッドフォンが、ウェアラブルなテクノロジーの元祖として、どこでも使えるアクセサリーへ姿を変えたのだ。工学とファッションの真のクロスオーバーであるヘッドフォンは、技術的な進歩が私たちの文化のスタイルに影響を及ぼす経緯を示している。 例えば、地下鉄や飛行機でいくつのBeatsのヘッドフォンが使われているか、数えてみるだけで判る。現実世界の社会空間でも、ヘッドフォンは必要不可欠の伝達体となったのである。スマートフォンとイヤフォンのユーザーは、周囲にプライベート空間を構築し、再構築する道具を手にしている。その空間は、実際にいる場所から、音響的に、そして感情的にも隔離された空間だ。軍用の技術として配備された黎明期から、現代のストリートや仕事場で一貫した存在感を持つに至るまで、装着者が孤立し、自分だけの現実世界を作れる機能に、ヘッドフォンの変わらぬ重要性がある。今や私たちは、自分自身の映画のサウンドトラックをつける態勢を整えている。
1890年
大多数の個人向けテクノロジーと同様、ヘッドフォンも、娯楽やポップ カルチャーと結び付くまでは仕事道具のひとつであった。1890年代から両大戦中に至るまで、アメリカの電話交換手は、ミニマルなワイヤー フレームに片耳だけ黒いイヤフォンが付いたヘッドセットを使っていた。ほぼ女性によって占められた交換手は、スイッチにプラグを入れたり外したりする方法で、アナログなソーシャルメディアのように交換台を操作し、家やオフィスを繋いでいた。当時ヘッドフォンと交換台の接続に使用されたヘッドフォン ジャックは、簡単に挿入できるうえに安全で、現在のジャックの原型となった。
1985年には、電話交換台の技術を利用して音楽のライブ パフォーマンスを家庭へと届ける、エレクトロフォンなるものが誕生した。「自宅の肘掛椅子に腰掛けて、今ロンドンの劇場や音楽ホールで上演中の好みの演目に耳を傾けてみましょう。間違いなく心地よいひと時が楽しめます」。当時の広告は、そう謳った。聴診器とテニスラケットを交配したような形状のエレクトロフォン ヘッドセットは、手で持つ棒から伸びた両端にヘッドフォン。この手持ちデザインは耳から外しやすく、個人的というよりも社交的な目的で利用された。世間から逃避するためではなく、後に商品化されたように、むしろ集団の聴取体験を作り出したのである。


1910年
現代的なヘッドフォンは、スタンフォード大学を出た技術志向のナサニエル・ボールドウィン(Nathaniel Baldwin)によって開発された。教会を愛していた彼には、自分が通うモルモン教寺院の説教の音量を増幅させたいという願いがあった。ボールドウィン式ヘッドフォンは、イヤーカップの中に約1.6キロの長さの銅コイルが内蔵され、電気を使わずに音を受信すると同時に、現代の大きなカップ状イヤフォンの先駆けとなった。ヘアバンド式の2本のバンドの両端にイヤフォンが付いたこのヘッドフォンは、アメリカ海軍が買い上げ、第一次世界大戦中の水兵たちに装着させたのをきっかけに、にわかに人気が沸騰する。遠隔地からの無線放送をキャッチする目的で軍に配備された結果、手で持つエレクトロフォンのヘッドセットよりも、強烈で孤独なスタイルが誕生した。そして、サイズを調整できるように、両方のイヤフォンにアンテナ状の真鍮スポークが付くと、SFも幕を開けたジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)的なスチームパンクのスタイルが完成した。


1958年
発明家ジョン・コス(John Koss)は、彼のポータブル蓄音機の音質を示すために初のステレオ ヘッドフォンを作り、個人で静かに聴取できる革新的な「プライバシー スイッチ」を付けた。その結果、家で静かにステレオの音楽を聴けるようになり、復員軍人に人気が出て、ステレオ装置より速いペースで売れた。Kossの初のヘッドフォンは、ボールドウィンが作った海軍用ヘッドフォンの基本デザインを踏襲し、より大きなヘッドフォン カップと進化したステレオ技術で音を増幅した。ボールドウィンが使った細身の革製のへッドセット バンドは健在で、快適性を考慮したパッドが付けられた。1960年代のジェット機時代に向けて、Kossのヘッドフォンは、戦闘機パイロットのヘッドギアを連想させる幅広のヘッドバンド、無線ダイヤル、ノイズ遮断カップで、未来的でハイテクな外観を進化させた。


1966年
コスのヘッドフォンの市場戦略は、1960~1970年代のポップ カルチャーと歩調を揃えて進んだ。広告では、キングコングや絵文字の原型であるスマイリーなど、様々なキャラクターにヘッドフォンを着用させた。さらにデニムでトリムした「イージー リスニング」ヘッドフォンや、耳の形を模したニューマライト イヤーカップなど、新たなデザインを継続的に発表した。
Kossは、コラボレーションに関しても、時代に先んじていた。ドクター・ドレー(Dr. Dre)のBeatsが発表されるはるか前に、Kossはビートルズと提携したBeatlephonesを発表した。Beatlephonesはカラフルなエナメルのヘッドフォンで、両方のカップにビートルズの写真があしらわれていた。今思えば、ビートルズのステッカーはいかにも陳腐であったにせよ、幅の広いヘッドセット ストラップ、パッドを入れた濃紺のキャップ、メタルのハードウェアなど、このヘッドフォンのデザイン自体が1960年代のヘッドフォン技術を象徴している。Beatlephonesの発売は、ヘッドフォン市場をハイファイ オタクから10代の一般層へ拡大し、若者を主要なターゲットにする将来のヘッドフォンの礎となった。


1969年
ステレオの音を向上させ、周囲をシャットアウトする手段としてのヘッドフォンをKossが浸透させた後、競合企業Senheiserは、ある程度外の音が聞こえるヘッドフォンのスタイルを登場させた。Senheiser HD414は、外の音が進入できる通気性キャップを搭載した、市場初のオープン型ヘッドフォン。家やオフィスなどの室内より、公衆の場で着用されるヘッドフォンの未来を暗示するものだった。鮮やかな黄色のスポンジ製イヤーパッド、トレードマークの「オープン型」イヤフォンは、軽快な80年代初頭のネオン的雰囲気を発散して、来るべきモバイル テクノロジー時代を予示した。

1979年
世界初の超軽量ポータブル カセット ステレオWalkmanの発売によって、ヘッドフォンの役割は変化した。それまでの静かに集中するためのテクノロジーから、自在に移動できる自主性と公共空間の中で壁のないプライバシーを作り出す手段へと。「音の進化は続く。人類は?」。1980年代のWalkman広告はそう問いかけ、Walkmanこそテクノロジーと人間が混成する全く新しい経験であると壮大な主張を掲げた。スポンジで覆ったふたつの小型イヤフォンを1本の細い金属バンドでつないだ極軽量ヘッドフォンは、オン オフに関係なくつけていられるので、どこでもプライベート空間を作れる感覚を生み出した。ふたりで一緒に同じ音楽を聴けるようにふたつのヘッドフォン ジャックが付いたWalkmanは、安価なヘッドフォンでアフターマーケットにブームをもたらし、ヘッドフォン技術に特化した企業が歩む将来の基礎を築いた。


1990年代
カセットに始まり、CD、DAT、MDに至るまで、1990年代に起きた多くの音楽を持ち運ぶためのテクノロジーは、プロダクト デザインに大きな多様性をもたらした。その結果、アイコンと呼べるポータブル デバイスはほとんどなくなった。MDプレイヤーのような小型機器への移行は、ヘッドフォンも小さく安価になることを意味した。プラスチックのイヤフォンは、大量に出回る市販の新しい音楽プレイヤーの付属ヘッドフォンとして出荷された。大衆向けヘッドフォンのスタイル性が次第に失われていったことで、おそらく、ファッションや音楽のアンダーグラウンドな人間たちは、付属のイヤフォンよりも、頑強で硬いキャップのついた1970年代型ヘッドフォンをスタイリッシュな代替品として選んだのだ。DJをステージの上のスターとして崇拝したレイブ カルチャーの台頭によって、ヘッドフォンは、プライベートではなく、集団性や公共パフォーマンスと新たに結び付くようになる。ヘッドフォンをつけた人物は、もはや必ずしも心を閉ざしたよそよそしい人物ではない。もしかしたら、パーティの中心人物かもしれないのだ。



2001年
2001年に発表されたApple のiPodが、デジタル音楽を聴くという行為に与えた影響は、Walkmanが1980年代に携帯カセット ステレオに与えた影響と同じだった。「あなたのポケットに1000曲を」という触れ込みもさることながら、iPadは以前の何よりも小さく軽く速かったし、その象徴的なイヤフォンはこの革新的な技術を視覚的に圧縮したとも言えるものだった。大半のポータブル音楽プレイヤーに付属されていた平凡なイヤフォンに対して、iPodの軽く滑らかで白いヘッドフォンは、すぐに見分けられるブランド化されたアイテムの役割りを果たした。Apple が発表したiPodの広告は、iPodを身につけてダンスをするロバート・ロンゴ(Robert Longo)の暗いシルエットと、激しく揺れる白いコードを対比させることで、イヤフォンとiPodの間に洗練された視覚的なアイデンティティをもたらした。この広告では、iPodのテクノロジーを前面に押し出す一方で、着用者の存在感を消し、人間であるユーザーを、あたかもテクノロジーのためのファッショナブルなマネキンのように描いている。iPodが発表されるまでのAppleには、もう何年も、是が非でも手に入れたいと思わせるような製品がなかったが、世界はデジタル メディアへと急速に音を立てて動き出し、iPodのスポーティなパンクとも言えるシンプルさが2000年以降の現代の新しいシンボルとなったのだ。

2004年
1999年にBluetooth技術が発明され、ヘッドフォン着用者を音の発信源に縛り付けていたコードがついに必要なくなった。ワイヤレスの聴取テクノロジーを最初に使い始めたのは、ブラックベリー携帯につながる尖った片耳のヘッドセットを自慢気に装着するビジネスマンたちだった。それによって初期のBluetoothには、はっきりと野暮ったいイメージが植え付けられてしまった。2017年に、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)がBalenciagaオフィスコア コレクションを発表する遥か昔は、オフィス街の住人であるチノパンを履いたビジネスマンたちが、誇らしげにアンチ ファッションなイヤフォンを着けていたのだ。しかしながら、2000年代後半から2010年代初期にかけ、BoseやBeatsのようなヘッドフォンメーカーはもっとクラシックでファッショナブルなデザインのBluetoothを発売し始めた。これによって、初期のBluetoothにかけられたファッションの呪いは解かれた。

2008年
2008年、Beats by Dreによって、ヘッドフォンがたどってきた歴史の数々のクライマックスをひとつにまとめたようなヘッドフォン コレクションが発表された。それは、長年に渡ってヘッドフォンがクールであると言わしめてきた多くの特徴を、発展させたものだった。つまり、Bluetoothやノイズ キャンセラー機能などの技術的進化に、Kossのステレオ ヘッドフォンが持っていた技術的な影響力、Beatlephonesのカラフルさとポップな方向性が加わったのだ。Beatsは伝統的なヘッドフォンにあったエッジを滑らかにするとともに、金属製の結合部分や金属類を排してミニマリズムの要素を加えた。Beatsの場合、ヘッドフォンが単にプライバシーと社交性を操作するテクノロジーであるだけではなく、純粋なファッションとしての真価も発揮するものだった。

2010年代
2010年代、iPhoneや他のスマートフォンをあちこちで目にするようになる頃には、ヘッドフォンはどこにでも存在するものになっていた。非常に目立つサイズのカラフルなBeatsがある一方で、新しいイヤフォンやスポーツタイプのヘッドフォンが広まり、モバイル機器を常に持ち歩く世の中に適したかさばらないデザインを提供した。レディ・ガガ(Lady Gaga)のHeartBeatsは、ダイアモンドカットを施した日常用イヤフォンのファッション版だ。こうしたブランドとのコラボレーションは、セレブリティやファッション ブランドを個人向けテクノロジーの分野に進出させた。1990年代に、奇妙にカーブしたイヤフォンが「エクストリーム」スポーツの美学を連想させたネックバンド型ヘッドフォンでさえ、Plantronics Backbeat Fitのアイテムのようにより洗練されてミニマルな形となった。そして、Oppo PM3’sのような回転式デザインを可能にする新しい技術によって、まるでジュエリーのようにヘッドフォンを首にかけることが可能になり、ヘッドフォンをより快適にファッションアイテムとして使いやすくした。 プラナー マグネティック ドライバー(平面型磁気駆動)などの内部の新テクノロジーは、音質の選択肢の幅を広げ、自分に合ったヘッドフォンを買うことが今までになく複雑なものになった。しかし、飛行機内の騒音を除去したいと願う技術者によって、1989年に最初に開発されたノイズキャンセリング機能付きのBose QuietComfortなどのロングセラーヘッドフォンもまた、売れ続けている。2010年代には、あらゆるファッションとあらゆるシナリオのために作られたヘッドフォンが存在している。難しいのは、自分の技術的なニーズやスタイルに合ったものを見付け出すことだ。

2017年
ヘッドフォンのデザインを進化させるためのAppleの最も新しい試みであるAirpodは、実質的にはふたつの白いイヤフォンそれぞれに約2.5〜5センチほどの白いチューブが付いた、Bluetooth式のイヤフォンである。まるで、耳にぶら下がる潜望鏡のようだ。2001年に発表されたiPodのイヤフォンは、しなやかな白いコードが特徴的なセールスポイントであったが、このAirpodは保管と充電のための白い箱が付属するだけで、繋がっているコードはない。Airpodはまるで、ビジネスマンのものとされたBluetoothイヤフォンに対して、Appleが1990年代の名もなきイヤフォンに対して行ったことを繰り返したいように思われる。もしもApple のAirpodが、オリジナルのiPodが成し遂げたように私たちの欲望を捉えることができたなら、(そして、初期の売り上げ額は、そうなりそうだということを示唆している) ヘッドフォンのファッション性は、新たな転換期を迎えているのかもしれない。
しかし、昔ながらのヘッドフォンへの変わらぬ人気は、伝統的なハードウェアが無くならないことを示している。現代の開放的なオフィス環境において、ヘッドフォンはプライバシーに関する新たなニーズに応えるようになった。それは、Kossのヘッドフォンが家庭空間での静かな聴取のために売り出されたのを超えるものである。仕切りや壁がない状況の中で、現代の労働者たちは自分たちが忙しいことを示す必要がある。そしてその目的のためには、大きいものの方が良いのだ。仕事と社会生活の境界が崩壊していけばいくほど、そして世界が混雑すればするほど、どんな形であろうと、より多くのヘッドフォンが、単に音の伝達装置としてではなく、公共空間と私的空間を橋渡しする、現代の重要な媒介として存在し続けるのだ。

- 文: Kate Losse