Dr. Diem Nguyenの場合

或るモントリオールの外科医に学ぶ、スタイルと賢いデザインの均衡

  • インタビュー: Mary Tramdack
  • 写真: Richmond Lam
  • スタイリング: Sasha Wells

ファッションは、医学と同じように、身体的な探究である。どちらも人体の必要性、つまり機能、形状、本質的な物質性によって決定づけられる。 医師ディエム・グエン(Dr. Diem Nguyen)は、この両方に精通した人物だ。SSENCEの常連客である彼女は、乳がんを専門とする一般外科医でもある。厳しく、過酷な分野に身を置く彼女にとって、ファッションとアートは最も重要な息抜きである。

しかしグエンは、決して現実逃避を良しとするわけではない。むしろ彼女は、これらの探究を、優れたものを日常的に味わうひとつの方法と位置づける。「美しくて、作りが良ければ、どんなものでも高く評価するわ」。彼女は言う。「日常生活で実用性を発揮するものなら、もっといいわね」

我々はグエンをオフィスに招き、彼女が持参したお気に入りと SSENCEからの新作を交えたスタイルを着てもらった。リッチモンド・ラム(Richmond Lam)が撮影し、マリー・トラムダック(Mary Tramdack)が、グエンのパーソナルライフ、美的なこだわり、それらが医療従事者としてのキャリアをどのように補うのか、話を聞いた。

Mary Tramdack

Diem Nguyen

マリー・トラムダック:特にお気に入りのデザイナーは誰ですか?

ディエム・グエン:私にとって絶対的な、本当に絶対的なデザイナーは、間違いなくフィービー・フィロ(Phoebe Philio)。彼女が作り出しすもので、気に入らないものなんてないわ。彼女がやることなすこと、すべて好き。女性に対する視点や、日常生活をこなせて、なおかつ自分を表現できる洋服の作り方。それからキャリアの育て方、セレブリティに最前列を独占させない態度。キャンペーンさえ好きよ。

作家のジョーン・ディディオン(Joan Didion)を起用したキャンペーンもありましたね!

あれは最高だったわ! ところで、最近、Rodarteを立ち上げたミュラヴィー姉妹(Mulleavy sisters)が、蜂の映画を観て、それがどのように彼女たちの最近のコレクションに影響を与えたか、話してるのを見たの。彼女たちは、毎回必ず、そういうアイデアを思いつくのよね。あの人たちの服は私の好みのスタイルではないから、着ることはないけど、すごく頭が切れる人たちだわ。賢いコレクションだと思う。Proenza Schoulerも面白いわね。世界中を回って、プリーツ技術やフェザーの使い方やその他もろもろを発展させるんだもの。「まあ、変わった人ね。たかが服のために」って思うかもしれないけど、舞台裏に大変な量の下準備が隠れているのよ。こういうデザイナーたちからは、学ぶことがすごく多いわ。

個人的にはどんなデザイナーの服を着ますか?

ミニマリズムに強く惹かれるの。ずっとそう。もし余裕があれば、多分、ずっとCélineだけを着るんじゃないかしら。LemaireやJil Sanderも結構好きだし、日常着としてはAcne Studiosもすごく好き。

今は、ご自身の服とSSENCEのアイテムを組み合わせたコーディネートですが、持参された服の中に、個人的に意味のあるものがありますか?

私は、好きか嫌いか以外に、洋服に何か大きな意味があるとは思っていないの。ジュエリーにはそういう要素があると思うけど、洋服は永続するわけじゃないから。着ているうちに、着古してしまうし、そうなったら、他のものに変えなくちゃいけないでしょ。だから、そんなに執着しないわ。ファッションは好きだけど、私自身に関して言えば、とても実際的な性格なのよ。洋服に神経質になるのは嫌だし、頑張りすぎてるように見えるのも嫌ね。1日1日をこなしていくと言えばいいかしら。素敵に見えたいとは思うけれど、そのために大騒ぎするつもりはないの。

ファッションに対して、すごくロマンチックだったり抽象的だったりする人がいますが、あなたのアプローチはもっと現実的な感じですね。

「ファッションは、夢を見せて、別の場所へ連れて行ってくれる。これ以外に何が必要なの?」と言ったのは、アメリカ版「Vogue」の編集長アナ・ウィンター(Anna Wintour)だと思うわ。私には、それはちょっと逃避に思えてしまう。私は日常生活から逃避する必要はないの。でも、頭の中にひと息つける場所があって、何か違うことをするのはいいことだわ。私の場合、ファッションやその他のクリエイティブなことが、そのひとつ。ファッションと本とアート。

好きな作家は誰ですか?

最近だと、ゼイディー・スミス(Zadie Smith)。サルマン・ラシュディー(Salman Rushdie)やガブリエル・ガルシア・マルケス(Gabriel Garcia Márquez)も好き。フランス語の本もたくさん読むわ。フレデリック・ベグベデ(Frédéric Beigbeder)もかなり好きだし、最近読んだ「En Attendant Bojangles」(邦訳未刊。オリバー・ブルドー著)は、とてもとても美しい本だった。それから、「地図と領土」を書いた、あのクレージーなフランス人作家もすごく好きよ。

ミシェル・ウェルベック(Michel Houellebecq)ですか?

そう! 彼の作品はたくさん読んだわ。でも、面白ければ、何でも読むの。洋服も、アートも、映画も、本も、商業的なものは好きじゃない。すごく売れてるベストセラーでも、読むとは限らないわ。

アートについてはどうですか?

アート フェアは、遠くても、なるべく出かけるようにしてるわ。フェアだと、美術館がやるような一時期だけの展示や、特定の種類だけの作家をテーマにした展示とは、違うものが見られるから。良い作品もそうでない作品もあるから、見る目が鍛えられるし、理解も深まる。価格も見ることができるから、なぜ作品にそれだけの値が付いているのか、考えることもできる。一番印象深いのは、フリーズ マスターズ(Frieze Masters)展。確立された作家ばかりだから。目に付いた作品がピカソ(Picasso)だったり、ジャコメッティ(Giacomettis)やイブ・クライン(Yves Kleins)のコレクションだったりするの。まるで、美術館が売りに出されているようだわ! それから、デザインのフェアもいろいろあるわ。フリーズ展の時期にロンドンに行くと、同じ時期にPAD Londonというフェアもあって、すごく面白いのよ。私は、美しくて、作りが良ければ、どんなものでも高く評価するわ。日常生活で実用性を発揮するものなら、もっといいわね。それがオブジェでも、装飾でも、キッチン用品であってもね。知性を感じるデザイン。もし過去に戻って他の仕事を選ぶとしたら、おそらく建築家になるでしょうね。建築家はとても理性的なものと、すごくクリエイティブで美的に心地良いものを融合させる仕事だから。

一般外科医になられて、ほぼ15年ですね。どういう経緯で医療に携わるようになったのですか?

私は、幼い頃からずっと、外科手術に憧れてたの。たぶん、かなり保守的なベトナム家庭に生まれたことが影響してると思うわ。クリエイティブな仕事は選択肢になくて、弁護士とか医者とか、伝統的な職業しか選べなかった。当時はインターネットもなかったし。今は、その当時にはなかった職業が、たくさんあるのよ。医大生のころ、私が魅力を感じたのは、自分がやったことの成果がすぐに分かる瞬発的な満足感だったと思うわ。

外科医にとって、最大のチャレンジは何でしょうか?

不測の事態かしら。場合によっては、かなり難しかったり、ストレスがかかるわ。当直勤務で、何が起こるかわからないのは、精神的に疲れるわね。でも毎日の仕事は、そんなに悪くないのよ。どの患者さんにも良い知らせを伝るだけの、穏やかな日もあるし。そういう日は、最高。当直勤務で何も起きない日もあるし、そうかと思えば、呼び出しが鳴り止まない日もある。救急患者が次から次へと、という感じで。おかげさまで、そういう日は稀だけど。たくさん悪い知らせを伝えなくちゃいけない日もあって、そういう日は消耗するわ。治療方法や改善方法を考えるのも疲れる。でもどの日も、同じ日はないわ。

すごく柔軟性が求められますね。

ええ。9時から5時の仕事とはまるで違う。いちかばちか、なんてこともよくあるわ。

一番やりがいのあることは?

問題を迅速に解決できることかしら。外科手術は、すぐに結果が出て、すぐに充足感を持てるわ。あと単純に、家を出て、社会に有益なことをしていると思えること。いつもいつも必ず、自分のベストを尽くしてる。人並みは嫌だし、手抜きも嫌なの。何かをする時は、いつも、上手くやるように努力するわ。

何か自分なりの哲学はありますか?

志は高く、ね。それ以下に甘んじないこと。最近こんなことを聞いたの。もっとずっと前に聞いておくべきだったと思うんだけど、とにかく誰かのおじいさんが孫たちにこう言ったの。「人生は厳しい。そのことに気がつくのが早ければ早いほど、人生に上手く備えることができる」。すごく良いアドバイスだと思うの。すごく悲観的でもあるわね(笑)。だけど、真実だと思うわ。人生は困難だと、私も思う。恵まれた地位にいる私でさえ、そう思う。毎日の仕事で、私は本物の生に直面するわ。すごく悲惨なレベルまで落ち込んだ人生に触れることもある。違う分野で働いていたとしたら、そういう接点はないでしょうね。でも、病院に行けば、あらゆる形の命を目にすることができる。最悪の状況もね。全くごまかしのない、むき出しの命よ。

では、ファッションは、時に厳しい現実からの逃避でしょうか?

そうかもしれない。でも、たとえ他の分野で働いていたとしても、ファッションは好きだったと思うわ。何であろうと、人間が美しいものを敏感に感知するのは、ごく普通のことだと思うの。美しい景色だったり、美しい本だったり、美しいアート作品だったり。ファッションは芸術なのかという議論が常にあるけど、私はファッションも芸術の一部だと思っているわ。

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