ビャルケ・インゲルスの火星移住計画
デンマーク出身の建築家が、現実味を帯びてきた人類の火星への移住、イーロン・マスク、LEGOの強大な影響力について語る
- インタビュー: Gianluigi Ricuperati
- 画像提供: B.I.G.

建築家のビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)は、まだ40代半ばにもなっていない。だが、もし彼が今日リタイアして、ティーンエージャーの頃の夢だったマンガ家になるために田舎に引っ込んだとしても、充分、歴史に足跡を残すだろう。インゲルスの大胆なビジョンと独創的な建築は、この暗澹としながらも心踊る時代において、極めて重要な景観や場所に多くの実績を残してきた。2006年に彼が設立した建築事務所、ビャルケ・インゲルス・グループことB.I.G.と共に、インゲルスは目の眩むようなペースで、公共、民間を問わず、機能的にも美的にも革新的な数々のプロジェクトを、世界中で成し遂げてきた。B.I.G.の代表的なプロジェクトのひとつに、コペンハーゲンの都市型公園、スーパーキーレンが挙げられる。この公園は、見通しの良いオープンな空間のなかで、住民同士が協調することに主眼に置き、エリアごとに機能を分けたデザインが取り入れられている。公園というスペースの中に、都会生活の多様性と活気を凝縮し、多種多様な人々を惹きつける魅力が高く評価されている。また、ニューヨーク市では、B.I.G.の「コートスクレイパー(片側は高層ビルの高さがあり、もう片側は中庭を囲む手摺りほどの高さしかないことを表す造語)」ことVia 57 Westが、大胆な三角形の形で注目を集めている。この建物は、近頃、建物内の部屋を毎月1500ドル(約17万円)以下で当選者に提供するという抽選を行ったことでニュースになった。
B.I.G.は目下、カリフォルニアのマウンテンビューにGoogle社の新本社を設計中である。今後も継続することを視野に入れたコラボレーションの第1弾だ。さらにB.I.G.は最近、デンマークのビルンに1万2千平方メートルを誇るLEGOのテーマパーク、LEGO Houseをオープンさせたばかり。そして今、インゲルスは、火星での人類の生活を可能にする建築の開発に取り組んでいる。
10月初旬、3つのタイムゾーンと延べ3日間にわたり、インゲルスに話を聞くことができた。

ジャンルイジ・リクペラーティ(Gianluigi Ricuperati)
ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)
ジャンルイジ・リクペラーティ:今年読んで、心に残った本の話から、話を伺いたいと思います。ひとりの人間として、また建築家として、自分のビジョンを描くのに役立った本はありますか。
ビャルケ・インゲルス:火星に関する本は、とにかくたくさん読んでるよ。僕たちは火星における建造物の設計に本気で取り組んでいるからね。未来の冒険を始めるために、それも早急に始めるために、ドバイの砂漠にある施設で、実際にプロトタイプを建造してシミュレーションを行っているんだ。ロバート・ズブリン(Robert Zubrin)が、『マーズ・ダイレクト―NASA火星移住計画』という本を出しているのを読んだ。南極に初めて行ったアムンセン(Amundsen)からも僕は学んでるよ。彼は、南極点到達を成し遂げる前に、北西航路の横断航海に成功しているんだ。それは、かなり突拍子もない航海だった。彼は船で隊を組むことをしなかった。大量の衣類、食料を持ち込んだわけでも、馬や隊員たちを引き連れていったわけでもなかった。彼はイヌイットから学んで、非常に身軽に旅をしたんだ。彼のアプローチから、我々が火星に行った時にいかにして火星人になり、その土地でやっていくべきかということを考えさせられたんだ。とにかく、火星の地質と大気を理解すること。地球から何もかも持ち込むのではなくて、火星にある資源をできる限り利用する方法を見つけることが大切なんだ。
ということは、そこにただ重力があればいい、ことではないんですね。
そうなんだ。重要なのは、大気中の化学物質。火星の表面と地層にある金属物質が必要で、それがあれば火星にかなり身軽に、速く行ける方法が見つけられるはずだ。
70年代初頭の、デニス・スコット・ブラウン(Scott Brown)、ロバート・ヴェンチューリ(Venturi)、スティーブン・アイズナー(Izenour)による独創的な共同研究『ラスベガス(Learning from Las Vegas)』から、21世紀におけるデザイナーたちの教科書は、『火星から学ぶ(Learning from Mars)』になるということですね。
その通り。もうひとり名前を挙げておきたい作家が、キム・スタンリー・ロビンソン(Kim Stanley Robinson)。彼とは何度か会って友達になった。彼の著作には『火星三部作』というのがあって、『New York 2140』という、深刻な洪水被害を受けたニューヨークを舞台に気候変動をテーマにした小説も書いている。その中では、僕たちが今やっている「DryLine」と呼ばれるプロジェクトについても、言及されているんだ。
今日、地球から火星に行くのは、昔ヨーロッパからオーストラリアへ行ったのと時間的にたいして変わらないし、リスクだって変わらない。だから、間違いなく現実になる



そうしたSF的なプロジェクトは、住宅のような日常的な建築プロジェクトよりも魅力的なものですか。
もちろん、そこには童心にかえる要素があるからね。子供の頃に建築家になろうなんて誰も思わない。みんな宇宙飛行士に憧れるものだよ。それでもなお僕は、建築とは人類が地球により快適に住めるようにするための発明である、という考えが好きなんだ。みんな、単にそこにある木に登ったり洞窟を見つけたりして住まなきゃいけないわけじゃない。僕たちは自分たちの手で木だって洞窟だって作れる。自分だったら、どういう木に登りたいと思うだろうか、って考えるんだ。
最近読んでいるもう1冊の本は、ユヴァル・ノア・ハラリ(Harari)の『サピエンス全史』。言わずもがなだけど、人類が東アフリカを超えて広がり始めるやいなや、それまで住むに適さなかった環境に、適応する様々な方法を生み出さないといけなくなった。例えばスカンジナビアの場合、ある一定の要件を備えた建築がないと、そこに人が住むことはできないよね。火星くらいはるか遠くへ行った場合、そこは地球よりずっと寒く、空気を吸うことさえできなくて、水が流れていないからどこからで水を見つけて貯えておかないといけない。そこで建築がすごく必要不可欠なものになるんだ。だから僕が重要だと思うのは、ある環境を見つけたら、そこに持続的な形で人間が住めるようにすること。人工的な生態系をデザインするということは、我々が地球の外の世界に出て行こうとする時に、すごく重要になるんだ。
あなたの建築家としての夢は、今は一見、突拍子もないように見えるがそのうち現実化するであろうプロジェクトによって満たされているのでしょうか。いうならば、今世紀末に、火星を地球の植民地にするような。
昔、ヨーロッパがオーストラリアの植民地化を始めた時代、ヨーロッパからオーストラリアまで行くのに6か月くらいかかった。今日、地球から火星に行くのは、昔ヨーロッパからオーストラリアへ行ったのと時間的にたいして変わらないし、リスクだって変わらない。だから、間違いなく現実になると思うよ。
デンマーク語ではデザイナーのことを「formgiver」って言うんだ。まだ形のないものに形を与える、という意味がある。だから僕にとって、デザインと建築がいちばん面白いのは、すでにデザインされ尽した4本脚のイスみたいなものをデザインすることじゃない。社会の中で変化が起きている時、それがテクノロジーの進化、人口動態、人の移住、文化、環境や気候の変動、何によるものであろうと、それを観察するなかで、これから人類が経験するであろうまだ見ぬ未来を、形作ることができるチャンスが発見できたら、それは建築家としてもっとも刺激的な瞬間だよ。今、僕たちがコペンハーゲンで最終仕上げに取り掛かっている発電所のことを思い浮かべているんだ。もし発電所というものが実際にとてもクリーンで、屋上できれいな空気が吸えたらどうなるか? そしたら、そこを公園にすることだってできるよね。
SpaceXとイーロン・マスク(Elon Musk)についてのお考えを聞かせてください。
僕たちは、自分たちの仕事を「実用的なユートピア」と呼んでいる。それは、実用的かつ現実的な方法で、より良い世界を作ろうという考えなんだ。つまり、場所を問わず実現できるような空想世界ではなくて、ユートピア的なものがより限定的で局所的で具体的な姿になって現れることなんだ。SF小説家ウィリアム・ギブスン(William Gibson)の「未来はすでにここに存在している。ただ隈なく行き渡っていないだけだ」という言葉に影響を受けていると言ってもいい。変化は非常に穏やかなこともある。たとえば、来年、コペンハーゲンにオープンするスキー場について言えば、コペンハーゲンのその部分はコペンハーゲンの他の地域よりもずっと先の未来にいることになる。でもそこにあるという事実によって、今はまだ現実化していない可能性について考えることができるんだ。僕にとって、イーロン・マスクは、実用的なユートピアンだよ。彼が最初に手を付けたのは、電気自動車の巨大システムを構築することではなかった。まず、すごく魅力的な電気自動車を作ることに集中して、ポルシェを買うような人でも欲しくなる車を作ったんだ。そのあとに、アウディの代わりになるような、非常に素晴らしい車を作った。もう少し一般の人にも手の届く価格帯でね。そういったことが全てうまく回りだして、販売網が出来上がったら、最期に、広く大衆に向けて売り出す。彼らの電気自動車や自動運転車に対する実用的で現実的なアプローチが、最終的に世界を変えていくんだ。
世界を変える唯一の方法は、今いる世界よりも、さらに良くて、魅力的で、好ましい世界を想像することだ


ユートピア的思想を持つ人たちがもっとも現実的な人たち、という考え方はとても興味深いです。彼らはユートピアを、人の欲求を掻き立てるものにしないといけないわけですからね。欲求というのは本当にパワフルで、あなたは建築で人の欲求に応える形態を作るのが、とても上手いように思います。そこで、B.I.G.が設計したLEGOの建物について話したいと思います。なぜなら、遊びというのは子供にとっても大人にとっても、一種の欲求だからです。あなたはLEGOで遊んでいましたか。
僕の世代の子供はみんなLEGOで育ったと思うよ。もちろん僕もね。休みになると、よく家族と車でイタリアとかユーゴスラビアまで出掛けたんだけど、ヨーロッパの端から端まで行くのに、3日くらいかかったんだ。車の中から通り過ぎて行くいろいろなもの見て家に帰ると、僕はテーブルの上で自分が目にしたものをLEGOで表現して遊んでたよ。
LEGOは、言うなれば3Dのストーリーテリングだったわけですね。
その通り。建築の世界では、事実をただ伝えるんじゃなくて「物語」として伝えるストーリーテリングが、非常に重要なんだ。建築の仕事は、人との共同作業で進んでいく。20人近くの人間がひとつのチームとして働き、クライアントがいて、実際にその建築を使うユーザーがいて、そして近隣の住民がいる。そういった全ての人に、このプロジェクトがどういうものなのか、明確に伝えないといけない。みんなが納得できるストーリー、価値、見識を提示しなきゃいけない。それが出来てはじめて、チームのひとりひとりがこのプロジェクトの本質を批評できるようになるんだ。
もしLEGO Houseにストーリーがあるとしたら、どんなものになるでしょうか。
(笑)。LEGOの持つ本当の可能性を、現実の世界で表現する試み、ってことかな。LEGOはおもちゃではなく、子供たちが自分の冒険世界を作り出して、その世界の住人になって遊ぶことができるツールだということ。LEGOで遊ぶことで、子供たちはものごとをありのまま受け入れるのではなく、自分が遊びたい世界を作ることができる。それは世界と向き合う上で、かなり良い考え方だよ。LEGO Houseで僕たちがやろうとしたのは、不可能だと思ってたことが可能になるような施設を作ること。LEGO Houseには地上階に屋内広場があって、どこからでもアクセスできるようになっている。入場券を持っていない人でも、そこを通ったり、好きなだけ時間を過ごすことができるんだ。オープニングの日には突然雨が降り出したんだけど、展示ゾーンへの入場券を持っている人も、自然に皆その屋内広場に集まってきた。そして、広場からアクセスできる屋上テラスにある遊び場に向かって屋根を上り始めたんだ。LEGO Houseでは、展示ゾーンにある物も、何でも実際に手に取って触っていいんだよ。大抵の美術館では、ロビーで長時間寛いだり展示品に手を触れたりしちゃいけないことになってるけど、LEGO Houseではそういうことが、全て許されている。インターラクティヴ型アクティビティの理想像だね。LEGOは、ある特定の世界を作るためにブロックをデザインした、組み立て装置や遊びのシステムだと思われている。でも、LEGOの真価は、想定外のことをするために使えるということなんだ。LEGOのユーザーはハッカーみたいなものだよ。ハッカーは、あることをするために書かれたプログラミング言語を使って、想定外のことをするためのプログラミングを書くからね。





ハッカーやハッキングというのは、現代における、一種の不安の象徴でもあります。そこであなたに聞きたいのですが、レム・コールハース(Rem Koolhaas)が、あなたには心配事がないと書いていますが、それは本当ですか。
ああ、そうだね(笑)。不思議なことに、その質問をされたのは今回が初めてだ。コールハースは、僕が職業上の不安を抱えてない初めての建築家だって言ったんだ。
2016年4月の『Time』誌には、インゲルスについてこう書かれていますね。「建築という仕事を不安から完全に断ち切った、最初の著名な建築家である。彼は重石を投げ捨てて飛び立って行った。彼は、前の世代がユートピアニストとしての信頼性を得るために必要だと思っていた実存的不安を持たないがゆえに、世界を良くしていこうと考えるシリコンバレーの思想家たちと、思考が一致しているのだ」
コールハースは、楽観主義と「Appleイズム」の優れた体現者の一人だよ。彼は、ごく短い文章で人を納得させ、導いて、動かすことにとても長けている。それは、僕たちもやっていることでもある。僕は、正直、レムの立ち位置がどこなのか、よくわからない。彼が僕たちの作品を認めてくれたという実感を持ったことがないからね。だけど、彼のコメントは、確かに、言い得て妙だと思うよ。僕は建築家という仕事に絶大な自信を持っていて、自分が成し遂げようとしていることについて、自ら注目を集めたり目立つことはプラスになると思ってきたから。多くのアーティストは、あからさまに自分を売り込むことに躊躇する人が多いと思う。彼らは自分たちの目的を、もっと洗練された手法で表現しがちだけど、僕に言わせれば、アートや文学が明確であることは、むしろ美徳なんだ。僕は、人々の生活スタイルを向上する手段としての建築に興味がある。前衛的な知識人は、よく対立的なを対話を巻き起こすための話法を用いるけど、僕は、いつもポジティブな対話に興味を持ってきた。だって、同じ批判をするにしても、自分が目にしたくないもののために全てのエネルギーを使うよりも、この世の中にあって欲しいと思うものについて議論する方がいいから。とにかくポジティブであることは、僕たちの活動に深く関わっていると思う。

今まで、自分の作品に対して懐疑的になったことはありますか。 あなたは自分のことを輪の中に入っていると思いますか。 それともアウトサイダーなのでしょうか。
僕たちは、どちらかと言うと、ずっとアウトサイダーでやってきたと思う。ある特定の伝統的なアバンギャルド建築の一派からは、僕らのどんな作品に対しても、反発があるんだ。それは、遊び心を重視しながらも、ポジティブで実用的で野心的なユートピア思想なんて、中身のない表層的なものに違いない、という懐疑的な見方に基づいている。「ハッピーでありながら賢明であることはできない」って言っているようなもんだね。でもつまるところ、実行すること、創造することが大事なんだよ。Teslaの車を走らせるのは、ほかならぬTeslaのバッテリーだ。世界を変える唯一の方法は、今いる世界よりも、さらに良くて、魅力的で、好ましい世界を想像することだよ。
その考え方が、マウンテンビューのプロジェクトで、Google社との会話を始めるにあたり、土台となったんですか。
これまで僕は、前例を重んじ、保守的なアプローチを取ることもある専門家たちと仕事することに慣れていたから、このプロジェクトはとても刺激的だったよ。普段の僕は、数ある可能性を実現するうえで、実は他にもやり方あることを皆に示す先導役にまわることが多い。でもこのプロジェクトでは、どんな局面でも、みんな未来志向だった。たまにこの僕でさえ、自分が、「どうやったら可能か」よりも「なぜ不可能であるか」という思考にとらわれて、現実的、実用主義的になり過ぎていることに気づかされた。しばらくの間、自分はビジョンの先導役ではなく現実的な経営者である、という限界を認識せざるをえなかった。自分よりも、可能性に関してさらに楽観的に考えている人たちとコラボレーションをするのは、すごく楽しかった。Google社はもともとITというヴァーチャルな世界を基盤にしているけど、今やプロダクトや製造やデザインについても、精通している。僕にとって、大いなる野望と、それを追い求めるだけの現実的リソースのあるクライアントを持つことは、またとない機会だったね。さらに、絶えず成長し続けているクライアントを持つことも刺激的だった。一回限りだけじゃなく、長期的なコラボレーションに携われることになるから。今回のプロジェクトの教訓を、次のプロジェクトに、そしてまたその次へと活かせるんだ。
それはある意味でLEGO的な考え方ですね。最後にもうひとつお聞きしたいのが、現代の生活で、今、人類にとっていちばん危険なことは何だと思いますか?
その質問には、こう答えておこう。たとえば、気候変動に対して、僕はとても楽観的だ。持続可能な都市社会を実現するための、全体的なビジョンを遂行する人類の能力についても、とても楽観的だ。人の価値観や人びとが望むものは、概して完全に持続可能な都市型生活様式から受ける恩恵の方向にシフトしていくと思う。それに、僕はスマート機器の進歩に非常に感銘を受けている。たとえば、人間が運転操作をしなくてもいい自動運転車や、既存の環境の中に知能を加える機器の登場にね。だから基本的には、人類が作り上げたマイクロシステムには懸念を抱いてないし、スマート機器を活用した環境が向かう方向性についても、楽観的なんだ。

Gianluigi Ricuperatiはミラノを拠点とするライターでありプロデューサーである。最近出版された小説『Mind Game』は複数の言語に翻訳されている。4年間Domus Academyのディレクターを務め、近々、学際的教育を進める新たな学校Faustを立ち上げる予定である
- インタビュー: Gianluigi Ricuperati
- 画像提供: B.I.G.