TOGAのボーダーレスな創作

デザイナー古田泰子が、二択を超えた ハイブリッド美学を語る

  • インタビュー: Tiffany Godoy
  • 写真: Monika Mogi

かつて着物が日本人にとって一般的な衣服だったと同様、トーガは古代ローマ人の一般的な着衣だった。だが、古田泰子のブランド TOGAは、非凡以外の何ものでもない。名古屋でビンテージのロカビリー ファッションを吸収しながら成長し、パリでファッションを勉強した古田は、同時代の日本人デザイナーとは一線を画し、西欧サブカルチャーの表現と洗練された女性像を融合したスタイルを提示する。パリに続きロンドンでショーを開催中の今、時代の精神はようやく古田の美学に追いつきつつある。現在のファッション界が執着するエキセントリックで時間と無関係なビンテージのマッシュアップに、古田はぴったり合致する。いやむしろ、ファッション界の執着が古田に合致する。

昨今はシンプルを好むかに見えるもののなお驚きが歓迎される東京では、常に新しいノーマルが台頭する。一貫して変わらないのは、もっとも基本的な商品も含めて、品質重視の志向だ。ファッション IQ の高い日本では、老若男女を問わず、優れた製造方法や素材や技術が大きな意味を持ち、高く評価されるのだ。日本のデザインは、たとえどれほど奇抜で概念的であろうと、常に日常を重視した実用性に根差す。そして、ハイエンドとローエンドの理解に巧みなTOGAは、抑制したセンシュアリティと抜群の高品質を様々な価格帯で提供している。

古田の仕事は、徹頭徹尾、フェミニズムが基盤だ。作る服から社風に至るまで、フェミニズムがすべてを形作る。高層ビルからデパートの売り場まで、振る舞いから身だしなみまで、あらゆる面に重くのしかかる規範が強制される縦社会で、TOGAは古田が自由を獲得する手段だ。

私が訪れた恵比寿の地下アトリエで、古田は2017年秋冬コレクションに囲まれていた。テーブルの上に、女優の菊地凛子を起用した新しいルックブックがある。新聞に使われるような大判の紙に刷られた色むらのある印刷と大雑把なスナップ写真。一昔前の政治広報紙を思わせる体裁とアカデミー賞にノミネートされた女優の取り合わせは、遊び心溢れるTOGAのハイブリッドな性格を完璧に表現している。

ティファニー・ゴドイ

古田泰子

古田さんは長いあいだ、ずっとエキセントリックで個性のあるものを作ってきて、ようやく今、世界もそのセンスを理解できるようになったし、若い世代も注目するようになりましたね。

好きなカッコして何が悪い?っていう女性もちょっとずつ増えてきてる。もう本当に、それは感じる。

どうしてかな?

このコレクションで考えてたんだけど、世界ではハイエンドとストリートっていうのがすごく分かれている中で、東京って、そういうのが無い。ヨーロッパで、ファッションウィークに、オフ スケジュールじゃなくて、ストリートからランウェイに出られるって、私がパリで学生だったときとかも、絶対に無かったと思う。だから Vetements とかPigalleとかって、ヨーロッパにとってはとってもセンセーショナルだったんだけど、日本だと当たり前だったでしょ? そのストリート文化みたいなものに逆に手を加えてラグジュアリーに見せる、みたいなバランスをとりたいと思ったのが今回のコレクション。なので、Tシャツみたいなストリート アイテムに、わざとラグジュアリーなものを使ったの。きれいなハンドのビーズの刺繍を加えたり...。ラグジュアリーって、すごく高いっていうだけじゃなくて、時間を掛ける。すごく時間を掛けた丁寧な装飾を、いい職人によって作ってもらえる。じゃあストリートの良いところって言ったら、そういったことに関係無くて、すぐに自分が着たいものを、穴をあけて、自分でアレンジして、アピールする。なんかそこのふたつを一緒にドッキングして考えたかった。

穴を開けることで、着る人の肌も使ってるみたい。刺繍より、肌というオーナメント。

そう(笑)。逆に言ったら、クラシックなシルエットにわざと大きな穴をあけて、肌を第三の装飾として考えてみる。

性的ではない肌の見せ方というか...。デザインするとき、日本女性のセンシュアリティとかセクシャリティを考えますか?

うーん、日本だけじゃなくて世界中の女性のことは考える。で、それを考える上でのベースは日本の文化。だから、例えば全部をオープンにするということがセクシー、という考えには同意しない。それより、なんていうんだろう、チラ見せ?みたいなそういうミステリアスな部分がある方がセクシーなんじゃないかって。見えない部分を想像させるとか(笑)。セクシャリティというのはもう少し、自分の自己認識、自分のアイデンティティを自分で出していくことだと思う。穴をあけて肌を出すんだけど、露出じゃない、というか。

そのことで、着る女性がパワフルになる。ファッション界では、フェミニズムという言葉を耳にすることが、どんどん増えているけど?

うん、聞くね。昔から私はとってもフェミニストです。自分でこの会社を始めたときから、女性スタッフが自分の好きに意見を言える環境にしようと思ってた。例えば、上司の仕事が終わるまで帰れない上下関係とか、不思議だったことを変えられる。今、本当に若い子達が、すごくフェミニズムに興味を持ってる。この間のカメラマンの女性も、日本の最初のフェミニストだった平塚らいてうを知ってたし。ふつうの会話のようにフェミニズムについて話したり....。若い子達がとっても意識してる。

穴をあけて肌を出すんだけど、露出じゃない

ブランドを立ち上げたとき、どんなカルチャーを作りたいと思ってましたか?

もともと女性デザイナーがすごく好きだったから。ヴィヴィアン・ウェストウッド(Vivienne Westwood)、川久保玲...。なにかこう、ファッションはもちろんだけど、常識を変える、新しいフェミニン、ものをつくりだしてる人が好きだった。だけど、例えばComme des Garçonsで、男性と女性をそれぞれ否定して、太い眉毛にマスキュリンな格好をするっていうこと自体に、当時は憧れたけど、自分も同じ色んな経験したときに、自分の性も受け入れたいとか...。それを受け止めてどうあるべきかって言ったときに、わざわざ男性的な格好をする必要とか、男性がそうじゃないからって女性的な格好をするとか、スカートを履くことが、変えるっていうことかな? 変えないね、っていうのも自分の中では思っていて。自分が始めたときに、何かを変えるっていうことが少し分かりづらかった。分かりづらい方法だったのかもしれない、自分たちのときには。だから単純に男性にスカートを履かせて、これがジェンダーレスですよ、っていうことじゃない。そういうのもちょっと分かってきてたし。
本当に、ボーダーレスになりたいって考えている人が、すごい多いように感じてる。最近会う人たちも、何かこう、超えたがってるような...。こないだ会ったジェシー神田(Jesse Kanda)もそう。リキッドルームでDJのアルカ(Arca)と一緒に仕事をしてる人から紹介されて、東京での展示会をサポートしたんだけどね。ジェシーとアルカも、自分たちを男性とか女性とかという概念では考えてないみたい。越えたい、壁が無い、みたいな...。

古田さんの世代が、海外へ出て勉強した最初の世代ですよね。その前は、日本のデザイナーたちはみんな日本で勉強した。古田さんはパリだったけど、ヨーロッパのファッションと女性に関して、いちばん印象に残ってるのは?

日本から出て初めて、先ず自分がアジア人である、日本人であるっていうことにはっきり気づいた。それまで日本しか旅行したことがなかったから、いろんな人がいるんだって思った中で、世界の人が日本の美をすごく美しいって思ってるっていうことにも気づいたし。先生たちもそうで、なんか日本人てちょっと贔屓されてた。みんな器用だし上手にできるし。ちょうど三宅一生さん、川久保玲さん、山本耀司さんが出てきてる時期で、大ファンの先生たちが多くて。なんか同じ作品、宿題やっても、ルールに則ってないのに先生たちはすごく褒める、とか(笑)。
そういうのも見つつ、パリの街ってとってもきれいで...。ただただ散歩したり、パリ コレクションで初めてフィッターのアルバイトしたり、Yohjiでもヨーロッパのブランドでも、何でもした。数え切れないくらい。お金がもらえないのもやったし、お金がもらえるところももちろんやったし、でもあんまり好きじゃないところはやらなかったかな。そのフィッターが終わった後は、もうちょっと長く働きたいから、縫うとか、フィッティングの手伝いをするとか。日本ブランドは募集が多かったから。日本語が喋れてフランスのことも分かる、ランナーみたいなことやったり。

ボーダーレスになりたいって考えている人が、すごい多いように感じてる

自分のブランドから切り離せない特定の要素はありますか? 例えばあなたの靴や服には、音楽的な感性というか、ロカビリーの雰囲気があるけど。

ああ、大好きです。でもね、ロカビリーが好きって言うか、50年代って大量生産になる前じゃない? まだ、刺繍とか手の要素も残っている中で、オーダーメイドのハーフクチュールみたいな洋服の作り方があった。まさにこの後の60年代、みんながマス プロダクション化して、レディーメイドになる。私の中で、50年代がちょうど狭間。時代が変わる時期だったのが、いちばん興味を引かれる。

若者文化が生まれたときでもある。

そう。テッズが好きなのもロカビリーが好きなのも、クラシックなものからが始まったから。それからモッズが始まったのもイギリスの階級があるからなんだけど、最後に70年代のパンク。古いものを壊して新しいことをしようという動きが、分かりやすくあったでしょう。そういうの、大好き。だからその時期に使われてたモチーフを、わざと入れることはある。

毎シーズン、どこからコレクションを始めますか? 音楽とか素材?

本当に同時多発でいくんだけど...。本で何か気になる言葉があったら、その言葉をずっと考えていると、何か次に色とかテキスタイルが出てきたり。そうした時に何か聴いた音楽が引っかかる、みたいな...。誰かとの会話がふとしたきっかけになったりとか。

じゃあ、タイミングが鍵?

そうかもしれない。それで、それが本当にTOGAでやるべきことなのかっていうこと。それを私がやったとき、スタッフがみんな作りたい、伝えたいと思うことなのか、ってこと。そうだ、やっぱりそうだ、っていう司令みたいなのがどんどんどんどん来たら、いつの間にか、絶対に「これなんだ」って。そうなったら、誰が何を言おうが、これでやるしかない! 自分たちが自信を持って言えるか、っていうことをずっと考えている。

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