背景を視るアヴァ・ニルイ
Helmut Langのデジタル エディターが、高級ブランドとニセモノ文化を語る
- 文: Romany Williams
- 写真: Ava Nirui

アヴァ・ニルイ(Ava Nirui)は、フォトグラファーに割り当てられたピットと呼ばれるセクションにいる。シェーン・オリバー(Shayne Oliver)就任後初のHelmut Langコレクションは、2018年春夏シーズンのニューヨーク ファッション ウィークでもっとも話題をさらったショー。揃って巨大なデジタル カメラを構えたフォトグラファーが居並ぶ中で、髪を赤く染めたばかりの小柄なデジタル エディターは、三脚に載せたiPhoneの上に屈みこんでいる。Helmut LangのオーバーサイズなロゴTシャツとそれにマッチするジップアップ セーターを着たアヴァ・ニルイは、自分の姿を見せびらかすために最前列に陣取っているわけではない。仕事を始める準備は整っている。
「エディター イン レジデンス」というポジションを新設してイサベラ・バーレー(Isabella Burley)を招聘し、今年の夏に再始動したHelmut Langが大きく取り上げられている。アヴァ・ニルイは、同じく新任のデジタル エディターとしてデジタル クリエイティブ戦略を担当し、ブランドの新たなアイデンティティ形成に重要な役割を果たしている。まずは出身地のオーストラリアで、4年前にはニューヨークへ拠点を移し、ニルイはファッション界のデジタル分野で何年もフルタイムの仕事をした経験を持つ。期せずして、キャリアと並行してインスタグラムにかなりの人数のフォロワーが集まり、ニルイと言えばそのことが話題になるようだ。彼女自身の言葉によれば「インスタグラムは、とっても酷くて、気違いじみてて、素晴らしくて、恐ろしい。クレイジーよ」。ネットでは、彼女が個人的な情熱から制作したプロジェクトがバイラルになることで有名だ。例えば、好きなデザイナーに捧げるファンからのアートとしてバービーの衣装を考案したり、高級ブランドの1点限りのブートレグ品を作ったりロゴを転用したり...。現在はかつて自分の作品として自由にリミックスした多くのブランドと関わるようになったわけだが、そんな皮肉な状況にしっぺ返しを食らうこともある。仕事を離れた怖いもの知らずのプロジェクトによって、思いがけず、多大な悪評も買った...ブートレグで有名なハーレムの伝説的仕立て屋ダッパー・ダン(Dapper Dan)でさえ認めてくれるほど。だが、それら諸々でニルイ定義することは、決してできない。
Helmut Langの新しいウェブサイトの右下には、「The only COMPANY that cares for YOU」(あなたを大切にする唯一の会社)と記されている。1995年にデイヴィッド・シムズ(David Sims)が撮影した、Helmut Langのニセ広告に掲載されたスローガンだ。「ヘルムート・ラングはとてもユーモアのある男性だったわ」。ニルイは言う。「確か下着のパッケージだったと思うけど、『注意:カリスマの欠如は致命的でありうる。Helmut Lang 1990年。ジョークの転載を禁ず』って書かれてるのをイザベラが見つけたの。彼女は、そういうユーモアを取り戻そうとしてるのよ」
ジェニー・ホルツァー(Jenny Holzer)のワード アートは、90年代のHelmut Langとマッチしたし、現在にも通ずる。ユーモアと文脈は、今やかつてないほど重要なようだ。
ロマニー・ウィリアムズ(Romany Williams)
アヴァ・ニルイ(Ava Nirui)
ロマニー・ウィリアムズ:ハイスクール時代にTシャツのデザインとスクリーン プリントを友達としたのが、ファッションに足を踏み入れた最初の一歩ですね。
アヴァ・ニルイ:そう。ダンス ミュージックやハウスが流行ってたから、服にもそういう文化が反映して、ネオンカラーのTシャツが全盛だった。パックマンのTシャツがあったのを覚えてるけど、正直言って、地球上でいちばんヒドい代物だったわね。15歳の頃だったな。自分で作ったTシャツを友達と学校で売ったの。実際に自分の手で何かを作る最初の経験だったわ。
当時、あなたのお母さんはハイファッションに夢中だったとか。
そう、すっごくね。でも当時、母は博士課程の学生でお金があまりなかったから、よく出来たコピーを買ってたの。すごくよく出来たコピーだったから、誰も気付かなかった。尋ねられたらニセモノだって教えてたけど、大抵は「なんであの人は素晴らしい洋服や高いバッグやアクセサリーを持ってるんだろう?」って思われてた。人を騙すのが上手だったのよ。
それは本物のスキルですね。ヴィンテージを掘り出し物を探す人と同じように、高級バッグの最高に完璧なニセモノを見つけるのは、ある種のハンティングだと思います。
みんながすごく裕福なオーストラリアでは特にそうだけど、以前は一般的にニセモノが認められてなかった。ニセモノは見下されてた。だから当時、恥ずかしいってほどじゃないけど、混乱してたのは確かね。通ってたのは私立の学校で、女の子たちはみんな高価なバッグやオープン カーを持ってて、豪邸に住んでたわ。だから私には理解できなかったし、ピンとこなかったし、そういう無知な考え方しかできなかった。ニセモノを買うのはホンモノを買うのと同じくらい格好良いことなのにね。
私は、服を単に服だと思ってない。単に、縫い合わされた生地の集合じゃない。そこには情報があって、その中に注がれたすべての要素を考えると、はるかに服より大きい存在だわ
当時の文化はそうでしたね。コピー製品の大々的な取り締まりがあって、リアリティ番組が大人気になって、パリス・ヒルトン(Paris Hilton)やホンモノを買える人たちが崇拝された...。
ハイスクールの2年生だったとき、母からPradaのバッグのお下がりをもらったのよ。ホンモノのPradaじゃなかったから、学校ですごく恥ずかしい思いをしたわ。パーティーで男の子に「素敵なRadaのバッグだね」って言われて、足下を見たら、PradaのPが落ちてたの。すごく屈辱的だったのを、今でも覚えてる。でも、もしあの「Rada」バッグが今もあったら、絶対確実にクールなはずよ。私は環境に左右された人間だったから、ファッションでリスクをとるのが単純に怖かったんだと思う。10代の頃って、人に評価されたいもの。
お母さんはあなたに影響を与えていることを、分かっていたのでしょうか?
私がブートレグのプロジェクトを始めたとき、正直言って、母は全然理解してくれなかったわ。すごく奇妙だと思ってるみたいよ。要するに、母が持っていたニセモノはホンモノと見分けがつかないニセモノだったけど、私はホンモノにそっくりのコピーを作るわけじゃなくて、ブランドもののホンモノをいじって違うものにしちゃうわけでしょ。それに、実際に着ることも想定してないわ。だから、売りに出したこともない。ただ、面白くて風刺的なものを作ってるだけなんだけど、そこを分からない人もいるわね。それはそれで、別に構わないの。みんなに理解してもらおうとは思ってないから。ボーイフレンドに言われたことがあるんだけど、私が作ってるのはブートレグじゃないって。確かに、私がやってるのは本来の目的を変えたり、本来とは別の文脈を持たせることだから、正確にはブートレグではないわね。まあ呼び名はどうあろうと、既製品そのままのコピーではない。
インスタグラムでは、風刺が具体的にどんな役割を果たしていると思いますか? 写真を「いいね!」をする人は、どの程度、風刺を理解しているんでしょうね?
最近ダッパー・ダンの息子さんが電話をくれて、私、泣きそうになっちゃった。私のやってることをダンと彼がどれだけ評価してるか、私の意図や作品に込めたメッセージをダンがどれだけ理解してるか、話してくれたの。あれは本当に、今までの人生の中で、いちばん最高の人からのいちばん最高の言葉だったわ。私にとって、ダンはすごく大きなインスピレーションだから。私の作品のポイントを完全に外している人って、すごく多いのよ。要点を理解しないのはフォロワーだけじゃなくて、私の作品を取り上げてくれるメディアでも珍しくない。おかしいわよね。オンライン ショップを作って売ればって言う人もいるけど、だからこそ、あえて私はそうしてこなかった。自分の表現でお金儲けするつもりはないわ。それが目的じゃないの。私自身も含めて、私たちがどれほどデザイナー文化に取り憑かれているか。それを面白おかしく指摘するのが私のやろうとしたことよ。私は、デザイナー ブランドが好きだし、ニセモノも好き。私たちの社会って、物質的なものに取り憑かれてるわ。ロゴを付けるだけでまったく価値が変わってしまう。最初からずっと、そのことを指摘するつもりだったの。実際にファッション業界で働いてる人や私が心から尊敬している人たちは、表現の根っこをちゃんと理解してる人が多いし、面白がる人も、バカバカしいと思ってる人もいるわよ。

着用アイテム:セーター(Loewe)、イヤリング(Miu Miu)

あのプロジェクトはデザイナーのロゴの飽和状態への反応として始まって、それから、それ自体が飽和状態になりましたね。そういう進展はあまりにもメタ的ですね。
私がセーターを作ったときの状況は、奇妙だったわね。小さなブランドが一斉にGucci Championのフーディを作り始めたわ。Etsyで「Ava Nirui」か「Gucci Champion」を検索したら、驚くほどの大量のフーディが表示されるわよ。インスタグラムでそのフーディーを見たキッズたちが「これはホンモノじゃない」ってコメントするんだけど、本来のGucciのことじゃなくて、私が作ったものじゃないからホンモノじゃないと言ってるわけ。商品がたくさんの層になって積み重なってる。私が作ったブートレグがあって、それがさらに偽造されて、その結果私のブートレグが本物になる。目が回りそう。本当に、とんでもない怪物を作ってしまったって感じるわ。
では、アレックス・リー(Alex Lee)と手がけたNikeのプロジェクトについて。あれはブートレグに関する価値観を延長して、はるかに大きなスケールで展開したプロジェクトですね。必ずしもあなたのブートレグと同じ方法で再現できないところがクールだと思います。
アレックスは、私の知る中で、いちばん才能ある人のひとりだわ。クリエイティブだし、とても独自な視点を持ってる。Air Maxの誕生を記念する「Air Max デー」のために、Nikeが私たちにAir Maxを何足か提供してくれたの。好きなように改造していいからって。私は、新しい用途を与えて色々に機能させたかったから、アレックスと一緒に8つのアイデアを考え出した。今世界で起きていることに感化された部分も含めて、ささやかながら、文化的社会的な主張を表現してみたわ。例えばベルクロのバージョンなんて、絶対この世にはない馬鹿げたシューズだから、ある意味面白いかなと思って。白の一足と黒の一色を作ったのは、結束を表現するため。それから、防弾シューズはどんな風にも解釈できる。わざと血のように見せかけたけど、実はトマトソースよ。他にもささやかなメッセージを込めたわ。分かる人には分かる、分からなければそれでもいいって感じ。
パーティーで男の子に「素敵なRadaのバッグだね」って言われて、足下を見たら、PradaのPが落ちてたの

着用アイテム:ジャケット(Moncler)、ブーツ(Balenciaga)
常に高価な服と身近に仕事をしていると、慣れてしまって、普通以上に当たり前になるだろうと思うんです。この業界で、どのように舵をとって、意味を読み取っていますか?
洋服は何かを表してる。だから、それぞれに何らかの価値があるわ。洋服の価値は支払った金額をはるかに上回るものよ。クオリティが高いものなら、永遠に大切に楽しめるもの。私がデザイナーの服が好きな理由は、何かすごく重要なものを表現してて、H&MやForever 21の商品じゃ同じものを得られないからよ。同じじゃないの。私は、服を単に服だと思ってない。単に、縫い合わされた生地の集合じゃない。そこには情報があって、その中に注がれたすべての要素を考えると、はるかに服より大きい存在だわ。
何らかの意味を持つ服となると、真っ先にHelmut Langが頭に浮かびます。その実験的な精神は、会社の新体制にも生きていますね。新しくエディター イン レジダンスに就任したイザベラ・バーリーの下で、雑誌のような仕組みを取り入れている...。そんなことを試みた人は、未だにいません。新しいビジネスモデルに携わるのは、どんな感じですか?
Helmut Langで働き始めたのは6ヶ月前だけど、イザベラとは、彼女が編集長をしてた「Dazed」で一緒に仕事をしたことがあったのよ。もっと小さい仕事でね。だから、彼女がこのチャンスをくれたときは、迷わず飛びついたわ。私にとってHelmut Langは輝かしい過去を持つ重要な歴史的ブランドだし、イザベラの下で仕事をするのは最高なの。イザベラは、ブランドを最初の理念や核へ戻すことに、全力を尽くしてるわ。Helmut Langの歴史やアーカイブを尊重して、すごくアートにフォーカスしたビジョンを持ってるの。そういうところを、私はすごく尊敬してる。彼女の下で働けて光栄よ。
デジタル エディターも新しくできた役職ですが、どのように取り組んでいますか? どのような仕事が含まれるのですか?
仕事は素晴らしいわ。デジタル マーケティングや撮影のコンセプトから、新しいコラボレーションやソーシャルメディアまで、あらゆるクリエイティブな要素に関わらせてもらえるから。私たちはすごく小さなチームで、とっても自由が認められてるから、最高なの。でも、クリエイティブのあらゆる面で、イザベラと密接に組んで仕事をしているわ。彼女は新しいアイデアやアプローチに対して、すごくオープンよ。
初回のキャンペーンには、最高のチームが参加していましたね。どんなコンセプトだったのですか?
イザベラは、できる限り以前のHelmut Langに忠実にしたかったの。だから、昔Helmut Langのモデルだったアレック・ウェック(Alek Wek)や、ロック スターのニッキー・ラット(Nicky Rat)や、もちろんアイコンのラリー・クラーク(Larry Clark)も含めて、幅広いキャストを採用したわ。Helmut Langの歴史に登場した新旧の人たちの組み合わせ。例えばトレイシー・ローズ(Traci Lords)は、1995年に「Details」誌のHelmut Lang特集で、全身カスタムメイドのHelmut Langを披露したのよ。素晴らしいスタッフが揃ってて、まさにイザベラの新しい方向性そのものだし、Helmut Langというブランドに捧げる尊敬と愛情だと思ったわ。私たちは、歴史に背を向ける代わりに、過去を受け止めるの。私にとって、Helmut Langは一番大切なデザイナーよ。彼の影響は計り知れないわ。
ロマニー・ウィリアムズは、SSENSEのスタイリスト兼アソシエイト エディターである
- 文: Romany Williams
- 写真: Ava Nirui
- スタイリング: Ava Nirui