享楽主義を突っかける

New Icons:
Versace ゴールド メドゥーサ
スライド サンダルを生んだ
傲慢な伝承

  • 文: E.P. Licursi
  • 写真: Kenta Cobayashi

新たに登場したアイコンが語る
今シーズンとりわけ注目すべきアイテムの誕生秘話

古代ギリシャの歴史家ストラボンは、繁栄の下に豪奢な暮らしを享受していたシバリスの民について「手に入れた贅沢と傲慢ゆえに、あらゆる幸福を喪った」と記述している。だが、少しばかりの贅沢と傲慢を伴わない幸福がありえるだろうか? このふたつの言葉こそ、Versaceのメドゥーサ スライド サンダルを表現するにもっともふさわしい気がする。プールサイドをパタパタ歩き回ったり、近所の店へ一走りするときに突っかけるサンダルから生まれた高級フットウェアを、傲慢以外のどんな言葉で形容できるだろうか? しかし、そんなアティチュードは決して気取りではなく、ジャンニ・ヴェルサーチ(Gianni Versace)が持って生まれた権利だ。

1978年に自分と同名のファッション ハウスを立ち上げたヴェルサーチは、イタリア半島南端に位置する街レッジョ カラブリアで生まれた。紀元前8世紀に建設されたシバリスはさほど遠くない。肥沃な土地と地の利を得た港によって空前の富を蓄えた古代都市シバリスは、あらゆる形態の贅沢、快楽、過剰を重視する生活で名を知られた。そうした社会を支えるだけの経済的ゆとりがあった。シバリスの住民は「黄金の魔除けで身を飾る」のを好む「派手な消費者」と言われた。料理人に著名人としてのステータスを与えた最初の社会のひとつであり、人気レシピを保護するために知的所有権を発案したとも言われる。又、真偽は不明にせよ、オリンピックに対抗した競技祭典を企て、アドリア海周辺からもっとも優れた競技者を引き抜いたらしい。しかし、最高に盛り上がったパーティーと同じく、シバリスの享楽も終末を迎えた。おそらくは繁栄を妬んだ近隣の都市が、相次いで包囲攻撃や占領を続けた結果、シバリスは破壊された。歴史家はこぞってシバリス人を神の冒涜者と誹り、失墜は現生の放縦と肉体の満足を何よりも優先した当然の報いだと書いた。

古代ギリシャの視覚イメージや象徴に対するヴェルサーチの執着は、生まれ故郷と分かちがたく結び付いていた。古代ローマ人は多数の沿岸中心地が散在する地域を「マグナ グラエキア」すなわち「大ギリシャ」と呼んだが、レッジョはその ひとつだった。古代ギリシャの中核を成す文化的、政治的、宗教的慣習は、後に古代ローマを支配するに至ったエトルリア人がこの地域から取り入れたものだ。メドゥーサやラビリンスなどのシンボルも、又然り。ヴェルサーチのデザインに遍く登場するこれらの退廃的なイメージは、哲学、詩作、芸術と並んで、ギリシャ人がイタリアのこの地域へもたらした豪勢な審美性の肯定だ。

古代のシンボルは、ジャンニ・ヴェルサーチにとって、地域としてのプライドの問題だったかもしれない。北イタリアの都市ミラノのファッション ハウスが、高慢な懐疑あるいは完全に軽蔑の眼差しを向けて、明からさまに南イタリアのファッション ハウスを見下していたとあれば尚更だ。伝説的な位置付けを獲得したブランドに他所者が競争を挑むとすれば、何千年もの歴史を持つ伝統にデザインの基盤を求めるのが最善の戦略ではないだろうか? つまるところ、贅沢とは、それ自体がある種の伝承なのだから。

  • 文: E.P. Licursi
  • 写真: Kenta Cobayashi