テーラリング 2.0

アメリカンドリームに生き、 メンズウェアの表裏を覆すAbasi Rosborough

  • 文: Adam Wray
  • 写真: Abdul Abasi

ニューヨーク シティのガーメント ディストリクトは、マンハッタンはマディソン スクエア ガーデンとタイムズ スクエアに挟まれたミッドタウンにある。人気のある観光エリアに挟まれた、奇妙な中間地帯だ。布地や見本帳であふれかえる店頭が立ち並ぶ地上レベルは、まさに万華鏡そのもの。その上では、現在も工場がフル回転で稼働している。ほぼあらゆる国内製造部門と同じく、最盛期の生産量には劣るものの、未だにアメリカの創意を支える粘り強い拠点として、Abasi Rosboroughのような新興ニューヨーク ブランドにとって欠かせない足がかりだ。Abasi Rosboroughの最大の関心は、伝統的なメンズウェアのテーラリングを徹底的にゼロから改造すること。制限の多いスーツのジャケットやトラウザーズの形状は、もはや21世紀を生きる都会人の需要に対応していない。この認識から出発したAbasi Rosboroughの作品は、広範な動きや多用途性を強調したカットを駆使する。布地の選択は比較的伝統的で、天然素材だけに限定し、縫製工場の数ブロック先からユニークな売れ残り在庫を仕入れることが多い。現在までに8シーズンを経て、アブドゥル・アバシ(Abdul Abasi)とグレッグ・ローズボロー(Greg Rosborough)が提示してきたアプローチは評価され始め、2017年のLVMHプライズにノミネートされたばかりである。

アダム レイ(Adam Wray)が、裁断と縫製を行っているガーメント ディストリクト内の工場で、二人にインタビューした。

アダム・レイ(Adam Wray)

アブドゥル・アバシ(Abdul Abasi)、グレッグ・ローズボロー(Greg Rosborough)

今、金曜日の夜ですが、7時半まで工場にいましたね。あなたたちにとって、このガーメント ディストリクトはどういう場所なんでしょうか?

AA: Abasi Rosbouroghの第3のメンバー。この場所がなかったら、僕たちはビジネスを起こせなかったからね。

GR: 僕たちふたりがニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)でデザインを勉強してたとき、このガーメント ディストリクトを見て、呆然としたんだ。ニューヨークのはずなのに、これほど出鱈目な、まるで外国みたいな場所がミッドタウンにあるなんてね。いつかこの場所を理解して、自分たちもメンバーになりたいと思ったよ。ボタンを買える店だけで、50種類もあるんだ。これこそふさわしいボタンだろうか?って選び抜く感じ。Yelpみたいな口コミサイトを見たって、レビューが載ってるような場所じゃない。実際にしばらくのあいだ潜ってみないことには、理解できない場所なんだ。ウィリー・ウォンカ(Willy Wonka)のチョコレート工場と同じさ。未だに、毎回驚かされるものがあるよ。

AA: スイス アーミー ナイフに例えれば分かるかな。実現可能なことだったら何でも、この場所で実現できる。アメリカン ドリームの典型だよ。わずかな持ち物とか財産とか、そんなものしか持ってない移民が、世界中からやってくる。技術がある移民は、小さいアトリエや店を開いて、裁縫師2~3人雇う。20年後には50人の従業員を雇うようになって、子供を大学にやって、やがて息子が工場を経営する。いわゆるスウェット エクイティ、汗水たらして手に入れる報酬だ。

GR: それに、移民は細部を重視するんだ。
AA: 僕らは、人並みに暮らしていける給料を従業員に払いたいし、環境に配慮する卸業者や不要在庫の布地を抱えてる人から仕入れたい。僕たちは、裁縫師を名前で呼べるのが嬉しいよ。みんな、僕たちの活動の一部だからね。友達でもあるし、良き助言者でもある。フェイと会っただろ? フェイは僕たちのばあちゃんみたいなもんさ。恋愛のアドバイスもしてくれるしね。家を買えとか、結婚しなきゃダメだとか。愛情があってこそのアドバイスだ。僕たちが小企業なのを知ってるけど、ちゃんと気を配ってくれる。

アメリカン ドリームには、色んな意味合いがありますね。例えばジョージ・カーリン(George Carlin)は「アメリカン ドリームと呼ばれる理由は、眠っている間しか信じられないからだ」と言いました。一方で、アメリカン ドリームは現実だと信じている人もいます。一緒に仕事をしているガーメント ディストリクトの人たちは、現在の政治的状況でアメリカン ドリームが完全に消えるのではないかと、心配してますか?

AA: ここへ来る、そのこと自体がすでに運命を作ってるんだ。すごくアメリカっぽい考えかもしれないけど、そういう理想を持ってるのは移民のほうが多いと僕は思う。僕自身アメリカ人だからアメリカ人を悪く言いたくはないけど、アメリカ人には権利があって当然という意識や想定がある。ほんとは、自分が動いて手にするものなんだ。ピーターはこの工場の家長みたいな存在で、週7日働いている。もうすぐ70歳になるんじゃないかな。

GR: 71歳だよ。毎朝5時に起きて、水泳に行って、8時までに出勤してる。僕たちが10時に出勤して「おはよう」って声をかけると、「おはようじゃなくて、おそようだな 」って言われるんだ。

AA: 本当に立派な人たちだよ。トランプのことは、仕方ないというしかないな。ヤツは自分の言いたいことを言ってるけど、どうやったら言うことを実行できるのか、本当に分かってるのか? 母国で医学の学位を持ってる人が、ここではタクシーの運転手やってるんだ。立派な人格と心を持ってなかったら、とてもできないことだ。だから僕たちは、そういう人たちと一緒に仕事をするのが好きなんだ。たわ言は一切なし。できるか、できないか、対価はこれこれ。無駄なおしゃべりもない。否定的な意味じゃなくて、僕たちのものを縫っていないときは、誰か他の人のものを縫ってる。それを尊重しなきゃいけない。

デザインを始める時、どこから手をつけますか?

GR: 僕たちには基本的な目標があるんだ。高度なテーラリングとパターン メイキングと解剖学的なデザイン。でも、毎シーズン、アイデアが生まれるところは違うんだ。デザインやファッションの外へ目を向けるように心がけてるから。去年、ふたりで東京と京都へ旅行したんだんけど、2017年春夏コレクションにはその経験が反映されてる。

AA: 良いデザインは目に見えないんだ。実際、気付かないのが良いデザインなんだ。何もかも問題をクリアしたわけじゃないけど、僕たちのデザインは、ほぼ無言の状態、気付かれないところまできたと思う。服はそうあるべきだよ。そうじゃないとしたら、それは欠陥デザインだ。

僕たちの土台は服を作ること。ファッションを「デザイン」するなんて、できないんだ。ファッションってのは、人が自分の目的に合わせて服を着る結果なんだから。スキンヘッドだってロカビリーだって他のどんなスタイルだって、色んな文化から全く違う要素を取り入れてるんだ。ワークウェアとか、ライダー ジャケットとか、特定の機能のためにデザインされたものとかね。それが集団のユニフォームになって、着る人が増えて、ムーブメントになる。さらにそれがファッションやアンチ ファッションになる。最後は、アンチファッションもファッションになる。こう考えれば、僕とグレッグの仕事はずっと身軽になる。出発点が明快になるんだ。特に最近のように、ストリートウェアが流行したり、Vetementsみたいなブランドがあったり、元来ファッション業界に属していなかったのにラグジュアリーの枠組みにはめられた人たちから文化が生まれてる場合はね。

既存のファッションを参考にデザインするという考えは、つまり…ネタ切れになるまで、何回くらい使いまわせるかって感じでしょうかね?

AA:「90年代のリバイバル」なんて、簡単なもんだよね。90年代は90年代に残しときゃいいんだ。今は2017年なんだぜ。建築は進化した。コミュニケーションの方法も進化した。グラフィック デザインだって進化した。どうしてファッションだけ、昔のものを参考にしてるんだ? どうして新しいものを作らないんだ? あれは、確実なヒット商品を狙う企業の思惑なんだ。昔の曲をカバーするのと同じ。「70年代にヒットした曲だから、ヒップホップのビートを被せたら今の世代にはバレない」。そんなのはダメだよ。新しい曲を作れよ。グレッグと僕のは、ずっと昔に決めたことがあるんだ。新しく表現することがない限り、会社は作らないってこと。「スポーツウェアをちょっとヒネった感じ」とか「プレッピーをヒネった感じ」と言う人が沢山いるけど、僕らは何もヒネってないよ。

GG: 「ちょうど合うジーンズが見つからなかった」とか「ちょうどいいTシャツが見つからない」なんてことも言わない。

AA: 僕たちは、自分たちだけを参考にする。デザインに徹底した一貫性を持たせようと思ったら、自分のやっていることをちゃんと認識して、それを微調整しないといけない。毎年違う椅子を作るんじゃなくて、椅子をひとつ作って、何がうまくいかなかったにせよ、次にその欠陥を取り除けば、最後に完璧な椅子が完成する。だから、僕たちは過剰な参考はしないんだ。そういうことをしても、上手くいかないことが多いと思うよ。可愛いくても、流行りでも、なんであっても、良くないんだ。袖を通したところで、何もできない。僕は、どこまでも100%自分でいられる服が欲しい。自分でいられないことが分かった時点で、不合格。一度でも僕たちのジャケットを着てみたら、もう2度と他のジャケットを着ようと思わないはずだよ。僕はそう思う。それが、僕たちのモチベーションだ。

GR: 日本へ行ったとき、古い衣装を見て、僕は思わず「全部買って帰って、参考にしようよ」って言ったんだ。そしたらアブドゥルが「いや、買う必要はない。帰った後、記憶に残ってるものからデザインすればいい」って。僕は持って帰りたかったけど、そうしてたら、おそらくコピーするだけになってただろうね。その代わりに、エッセンスだけを抽出したんだ。

何であっても、記憶に残ったものがいちばん重要なんでしょうね。その他は消えてなくなる。

GR: 伝統的な衣服は、内側も外側も綺麗に仕上げられてる。事実、いちばん美しいディテールは、ほとんどの場合、内側にあるんだ。僕たちの2017年春夏コレクション「Epoch」の作品は、内部が全部見えるように縫製した。ジャケットのキャンバス芯地が見えるんだ。何もかも露出してる。初めてのシーズンは、FITのテーラリングの教授のお墨付きをもらうために、見せに行ったぐらいだよ。今は、自分たちのやっていることに自信が持てる。僕たちの商品が体にピッタリ馴染むことは分かってる。裁断やパターン メイキングを十分に練ったから、うまくできてることは分かってるんだ。3年経ってようやく、自分たちのアイデアをプッシュしていく自信が付いたよ。

AA: 裁縫師たちに、言うなれば、間違った縫い方をするように指示しなきゃいけなかったんだ。ファッションって、作りを全部隠すことだから。日本の古い建築を見ていると、寺院とか、内側も外側も作りがほとんど一緒なんだ。壁も置き換えられる。光と風が通り抜ける。ここは内側? それとも外側?って感じ。中間なんだ。だから、まるで和紙と木の梁で作った日本の寺みたいに、衣服の構成をさらけ出そうって思ったんだ。

GR: 忘れないためにも、励まし合うためにも、僕たちがずっと言い続けてるチャールズ・イームズ(Charles Eames)の素晴らしい言葉があるんだ。「ディテールは些細ではない。ディテールがデザインを作る」。何かがすごく好きだとしたら、それはディテールのせいなんだ。僕たちはそういう自然なディテールを見つけて、外へ出したいんだ。

寺院の比較は興味深いですね。特に、空気の流れという点。Abasi Rosboroughは、まさに文字通りの都会的なブランドですが、都市というのは悪劣なデザインに囲まれた刑務所です。巨大なコンクリート建物は、夏には空調が必要だし、その結果もっと熱を発生して、もっと空調が必要になる。

AA: 僕たちのデザイン原則のひとつは「古くて新しい」。いちばんシンプルなものが、実はいちばん現代的なんだ。千年も前に建てられた寺院を見てみると、かなり現代的な建築なんだ。

GR: そういう寺院と同じ建築理念を今の建築家が提案したら、「すごい、なんて進歩的で現代的なアイデアだ」って言われるだろうけど、実はそれは千年も昔のものなんだ。とても調和が取れてる。アブドゥルはよく瞑想するけど、僕はたまにやるだけだからあまり大きなことは言えないけど、木の建具や紙を使った壁や畳や風の流れ、そういうものが作り出すちょっとした眺めが精神状態を和らげるんだ。意匠を凝らしているわけじゃない。ある意味、控えめで実用的。だからこそ、現在まで力を持ち続けてるんだ。

AA: 人生観の変わる旅だったよ。僕たちは敏感になって「ほら、ここも、あそこも」なんて言っていた。ジャケットがいちばん売れたシーズンになったね。内部を全部見せたジャケットに、いちばん反響があったんだ。

  • 文: Adam Wray
  • 写真: Abdul Abasi