SSENSE 2018年秋冬トレンドレポートPart 1
次シーズンと未来のスタイル ガイド
- 文: SSENSE エディトリアル チーム

7月になり、この2月と3月に見たコレクションがようやく手に入るようになった。最近は情報の伝達があまりに早いため、ランウェイを飾った服が店頭に並ぶまでの6ヶ月間で、コレクションが発表された当初前提となっていたカルチャーの背景が変わってしまいかねない。かくも誰もが、何とかトレンドに乗り遅れないようにと必死だ。そんなあなたのために、今後のトレンドと、トレンドを牽引するようなカルチャーの触媒となるものを整理した。2018年秋冬トレンドレポートのパート1では、SSENSE エディトリアル チームが来るシーズンを掘り下げる。
フラタニティ的パタゴニア主義
かつて、体育会系が集まるビジネスリーダー的な業界といえば、ウォール街のヘッジファンドだった。しかし、今日ではIT業界がその座を奪い、そのポジションに長く居座るにつれ、IT業界特有のファッションも多様性を増してきている。カジュアルさという点ではヘザーグレーの色合い以上に説得力のあるものはないと思われる、ザッカーバーグ(Zuckerberg)のジーンズにフーディというコーディネートはいわば初期段階で、そこからファッション事情は急速に発展を遂げてきた。単に機能性重視のアウトドア ブランドが流行しているだけでなく、ハーフジップのフリースのプルオーバー、ゆったりとしたシルエットのパンツ、小さく収納できるダウンジャケット、ゴアテックス、目の覚めるような蛍光の配色など、それぞれのブランド特有のカットや素材自体が、流行を牽引している。快適さのために着るにせよ、ファッションのために着るにせよ、結果的に、以前ならその服を着ているだけで熱心な環境保護主義者を意味したスタイルの人が、今日ではその思想信条にかかわらず至る所で見られるようになった。このようなファッションに特に意味はなく、唯一あるとすれば、彼らが多くの時間をコワーキング スペースやサードウェーブ コーヒー店で長時間過ごしている可能性が高いということだ。こうした傾向は、その人のファッションと政治的理念を結びつけることの危険性を示している。マイクロ フリースのベストからはみ出さんばかりに筋肉隆々のジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)は、もはや人間というよりも、人間にかなり近づいたロボットが人に嫌悪感を与える「不気味の谷現象」を地で行くような存在だ。そして彼がAmazonと名付けた企業は、皮肉にもアマゾンの自然を破壊した現代の資本主義経済システムを次なる段階へと導いている。
グリマス
グリマスは、舌にある味覚を感知する器官のことを意味するという噂があるらしい。だがマクドナルドのウィキペディアのページによれば、グリマスは「短い腕と脚を持ち、何かよくわからない種が擬人化された、巨大な紫色の生き物」だ。グリマスはぬいぐるみのようで、とてつもなく大きく、紫色だ。そして今シーズン、ランウェイでは紫色が熱い。この色は、謎や王族や魔法と最も関連づけられることが多いのだが、この組み合わせに一瞬めまいを覚えるのは、それが紫色だからだ。紫は、緑の次にサイケデリックな幻覚を象徴する色だ。しかも、それはバッドトリップのような悪酔いではない。かつて紫のベルベットのジャケットに身を包んだジーン・ワイルダー(Gene Wilder)は、「この純粋な想像の世界に匹敵する人生を私は知らない」と歌った。紫のもつ楽しさは浮世離れしているが、決して表面的ではない。しっかりとしたものではあるが、調和もしない。光に当たって後光が差したかのように産毛が輝く、紫のモヘアのプルオーバーのように。想像力が最も重要な時代においては、赤いピルか青いピルを選ぶのではなく、両方ともを取って、真ん中の色、紫を選ぶのだ。グリマスと一緒に虹色の世界を味わおう。グリマスをぴしゃりと叩けば、彼の紫のベルベットの表面の毛に、光沢のあるPANTONE社の今年の流行色、ウルトラ バイオレット(18-3838)の手の跡がつくはずだ。

画像のアイテム:Botter
Botter
思うに、Botterは2018年に突如現れた最も面白いブランドだ。ブランドのデザイナー、リジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)とルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)は、名誉あるイエール国際モードフェスティバルで優勝しただけではなく、今年のLVMH賞のファイナリストにも選ばれている。彼らが一躍有名になった2018年春夏メンズ コレクションのキャンペーンのスタイリングを行なったのが、『i-Dマガジン』で新しく総合監修者に就任したイブ・カマラ(Ib Kamara)だったことは言うまでもない。あらゆる要素が完璧に収まった上に、その背後には、しっかりとした中身も伴っている。ビーチボールのように膨らませた魚の頭飾りに石油王のブランディングをアクセントにした「Fish or Fight」コレクションは、漁業における乱獲問題や環境汚染問題、カリブ海を始め世界中の小規模の漁村に対する大きな脅威に対して注意を喚起するものだった。Botterのブランドの中心には、信頼性とユーモアのセンスが共存している。このふたつは、この冬ぜひともトレンドになってほしい要素である。

左より:Loewe、Balenciaga、Loewe
パピートゥース柄
ピンと立った耳、わずかに細めた目、おどけたように片方から突き出した舌。ワンコが歯を見せ笑う様子以上に、見ていて心が満たされるものがあるだろうか。チャーミングな犬の笑顔に見えることからハウンドトゥース柄とも呼ばれる、クラシックな千鳥格子を使って、Yohji YamamotoやAlexander McQueenのようなブランドがコレクション全体を作り上げたことは驚くにはあたらない。毎年秋になると、ウールのコートやパンツがランウェイに戻ってくるように、このギザギザの四角の柄も当然のように製造ラインに乗ってくる。だが今年は、予想がつきやすい親のハウンドトゥース柄とは違い、仔犬のパピートゥース柄が私たちに予想外の世界を見せてくれそうだ。小っちゃくていたずら好きなこの柄は、遠目には単色に見え、近くからでも、ぱっと見は完全な四角のチェック柄に見える。変装した奇術師のように、パピートゥース柄は、着る者を上品に見せると同時にそのおちゃらけた側面も見せてくれる。可愛くてシックなだけでなく、ちょっとひねくれたこの柄は、「遊びたいよ!」と同時に「噛み返してやるぞ!」という重要なメッセージを発信しているのだ。
トライアスロン
この夏、カンヌでベラ・ハディッド(Bella Hadid)がシルバーのYEEZY シーズン7 x 2XUのネオプレンのスキューバ パンツを穿いた姿を目にしたネット民の、「あの服が欲しい」という渇望には底しれないものがあった。それはまさに、リアーナ(Rihanna)が、バルバドスにできた彼女の名前を冠した通りのお披露目の際に、黄色のスエードの「Le Sac Chiquito」、Jacquemus のミニバッグを持って現れた時のような大騒ぎだった。誰もがそれを手に入れる必要を感じていた。2018年秋冬コレクションでは、本格スポーツの機能性を重視した生地とスタイルが溶け込んだハイファッションが、いまだかつてないほどに隆盛だ。とりわけトライアスロンは、今シーズンのミューズと言える。スペース ブランケットのように見えるCalvin Klein 205W39NYCのドレスや、Martine Roseのサイクリング パンツ、ヘッドバンドやMarine Serreのワンタッチのサングラスなど、その要素を取り入れたアイテムは枚挙にいとまがない 。トライアスロンの競技は参加者がゴールするまでに平均3時間ほどかかる。ネットにおける3時間というのは永遠にも近い時間なので、このトレンドはある程度、耐久性を持ったものと言って差し支えないだろう。

左より:Helmut Lang、Rhude
ベッドからお仕事
その姿勢だと「脳が活性化するから」と、小説家のフランソワーズ・サガン(Françoise Sagan)は、友人のニコル・ヴィスニアック(Nicole Wisniak)に言った。ヴィスニアックは、際立って緩やかなスケジュールで刊行されるフランスの伝説的カルト雑誌『Egoïste』の、過激で、ときに非社交的な編集長だ。この40年間で発行された『Egoïste』は20号にも満たない。サガンはこう言って、ヴィスニアックのベッドで仕事をしがちな傾向、あるいはより魅力的な言い方をすれば、「ベッドから」仕事をする傾向に一役買っていた。ベッドと言っても、正確には、マリー・アントワネット(Marie Antoinette)の寝室の複製だ。10代の王妃がフォンテーヌブロー宮殿に持っていた寝室のように、ヴィスニアックは救命ボートがホーム オフィスになったような寝室をパリ6区に持っている。このフランス人エディターは「誰かのベッドより、自分のベッドから仕事する方がいい」と言ったと伝えられているが、これに反論する人などいないだろう。それ以上に、ゴムの入ったウエストやなめらかで豪華なシルクの上下の快適さは、文字通り、何ものにも代え難い。つまるところ、ベッドから働いた場合が、いちばんよく締め切りも守られるのだ。たくさん置いたやわらかくて心地よいふかふかの枕、明るさを調節できる照明、たまの短い昼寝、そわそわと歩き回ったり、本当に一人きりになったりしたときに包まるためのブランケット、それから自分のおかしなスナックを置いておくための自分だけのキッチンも手の届く場所にある。布団に潜って締め切りに備える。正しい姿勢? そんなものは知ったこっちゃない。 ヴィスニアックのリラックスした感性を見習おう。そして何よりも、焦らずにいこう。

画像のアイテム:Calvin Klein 205W39NYC、Golden Goose
バッファロー'66
映画『バッファロー'66』の中で、ヴィンセント・ギャロ(Vincent Gallo) が演じるビリーは、クリスティーナ・リッチ (Christina Ricci)演じるレイラに向かって、「ずっと一緒の時間を過ごそう」と言う。ロマンチックなセリフに聞こえるが、映画の背景を考えると、それほど事は単純ではない。ビリーは刑務所から出てきたばかりで、レイラを誘拐し、彼女に妻のような振る舞いを強いて、彼の両親の家に行くことを要求する。これは、スピード写真のブースの中で、これまでふたりが過ごした時間の証拠を捏造するときのビリーのセリフだ。ギャロの故郷であるバッファローで撮影が行われたこの映画は、工業化時代の終わったアメリカ北東部の陰気でぼんやりした雰囲気を捉える。そこには、はるか昔に夢が破れた西部の国境の町のような感じがある。残っているのは、スーパーボールでのフィールド ゴールが失敗に終わったような、誰もが覚えている失われた機会だけで、これが映画の物語にも織り込まれている。映画の最後の方でビリーとレイラは、かつてビリーが常連として通っていたボーリング場を訪れる。キング・クリムゾン(King Crimson)の「Moonchild」が流れると、リッチにスポットライトが当たり、彼女はその中でそっとタップのステップを踏む。ほとんどのボーリング場に言えることだが、このボーリング場が醸し出すノスタルジックな感じは、街の雰囲気にぴったりだ。ボーリングシューズとそれを履いたすべての人が漂わせるなんとなく不幸な感じ、ビリーのチェリーレッドのカウボーイ風ブーツ、どぎつく塗られたライラの水色のアイシャドー。これらと同種のノスタルジーが、2018年の秋冬コレクションのランウェイに登場したアイテムにも溢れている。こうしたスタイルは、過去を変えるには手遅れだと感じさせる。それでもなお、始まりに近づいている感覚には、どんな形であるにせよ、ほっとさせるところがある。

左より:Balenciaga、Calvin Klein 205W39NYC、Comme des Garçons、SSENSE エディトリアル チームによる優美な屍骸ゲーム
優美な屍骸
シュルレアリストのアンドレ・ブルトン(André Breton)は、酒を飲みながら楽しむための「優美な屍骸」というゲームを、仲間のマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)、マン・レイ(Man Ray)、ジョアン・ミロ(Joan Miró)のために発明した。だがそのうちに、このゲームは制作のプロセスにおいてアーティスト個人の意志を超える助けとなる、非常に実りの多い制作手法のひとつへと形を変えた。シュルレアリスムには欠かすことのできないこの優美な屍骸ゲームは、いわば、首尾一貫性などフランス窓から投げ捨ててしまえという、貴重な教えを授けてくれる。道理を考えるのなどやめてしまおう。全体像を考えるのはやめよう。その代わりに、断片を組み合わせ、まったく一緒にする意味がないものを一緒に突っ込む。コラボレーションするのだ。あなたが私の帽子を選んでくれるなら、私は靴を選ぼう。世界はますますシュールでハイブリッド的な特性を表してきている。優美な屍骸こそ、未来のスタイルなのだ。
- 文: SSENSE エディトリアル チーム