ユーザー体験:グリーン・ストリートAcneブティック

迷路のようなブティックで、衝動買いが生まれる

  • 文: Adam Wray
  • 画像提供: Acne Studios

ハイエンドのブティックには、当然、いくつかのことが期待される。滑らかでミニマルなディスプレイ。小空間であっても、広かりを感じさせる開かれた視界。均整と調和。ニューヨーク・ソーホーにあるAcneのブティックは、そのどれひとつとして備えていない。私が何度も足を向けるのは、まさにそのためだ。

Acneは、2012年、ニューヨーク・ソーホーのグリーン・ストリートにアメリカ初の旗艦店をオープンさせた。店舗デザインは、クリエティブ ディレクターのジョニー・ヨハンソン(Jonny Johansson)とBozarthfornell Architects。スウェーデンの多様な風景に着想した装飾は、フロアの大半を占めるモスグリーンの絨毯がストックホルム群島を暗示し、レジ背後の冷たいブルーのガラスがスウェーデン列島の色彩を象徴する。そんな装飾を促したのは、ブランドの伝統の認識、そして都市の中にわずかばかりの牧歌的風景を持ち込む試みだが、いずれにせよ、さほど重要ではない。本当に面白いのは間取りだ。Acneは、大きくてオープンで均一に照明された典型的空間ではなく、不均一な部屋と窮屈な廊下が作り出す薄暗い迷路のような空間を選択した。

季節外れに暖かく、晴れ渡った金曜日の午前。私は再びブティックを訪れる。睡眠不足だが、過剰摂取したカフェインのおかげで調子は良い。グリーン・ストリートとグランド・ストリートの角にある店舗の外装は控えめだ。しかし、一歩足を踏み入れた途端、そこが普通と違う店舗デザイン論に従っていることに気付く。溝をつけたスチールのステップを3段上がってドアを抜けると、目の前に壁が立ちふさがる。ブランド名とブティックの住所を刻んだプレートが掛かっているだけの、ベージュがかったグレーの壁。劇的な光景ではない。

ショッピングは、多くの場合、能動的経験に見せかけた受動的経験である。私がショッピングが大好きな理由も、多分そこにある。思考はあちこちをさ迷いながらも、身体は商品を吟味する行為を繰り返すという流れに、身を任せられるのだ。考え過ぎる傾向の人にとっては、まさに理想の気晴らしだ。そして、私はといえば、常に心配ばかりする人間だ。しかし、Acneブティックでは、直ちに自分の進む道を選択しなくてはならない。私は右に向かい、角を曲がって1段下りると、白と黒のタイルがグリーンの絨毯へ変わる。

ダウンタウンのAcneブティックは、奇妙な中間領域だ。完全に私的な空間ではないが、全く公的でもない。ひと時の休息、静けさ、娯楽、そしてAcneブティックなら水か炭酸水のボトルも与えてくれるオアシスである。とはいえ、緊張の場でもある。つまるところ、そこは商業を執り行う場所であり、何かを買うことが想定なのだ。したがって、滞在中も水面下では取引のプレッシャーが泡立っている。店員が目を光らせる中、私は直感タイマーに従って商品を見てまわり、充分気に入るものがあったら迷わず買いますよ、という雰囲気を表そうと努めつつ、それが上手くいっているかどうかを気にかけ、どうにもばつが悪くなり始めるや、その場を離れる。Acneのグリーン・ストリート店では、迷路のようなレイアウトのせいで、この力学が複雑になる。ひとつの場所から次の場所へと通じるアーチをくぐり、角を曲がった途端、思いがけず独りぼっちになる瞬間があるのだから。

ブティックの中でひとりになるのは妙な気持ちだ。何やら、いてはいけない場所にいるような感覚になる。試着室を出て右に曲がり、左にデニムの壁、右に他の試着室が並んだ通路を歩き、突き当たりを左に曲がると、突然、周囲に誰もいない。そこはブティックの反対側。女性の服と靴を見ながら歩いていると、まるでホームパーティーの最中に寝室に潜り込んで、誰かのクローゼットを漁り始めたような気分だ。もちろん錯覚だが、たとえ錯覚であろうと、反応は生じる。いちばん強いのは予測反応である。ついに誰かに見られたとき、私は何をしてるだろう? 店員が画面に入り込んで来る前に、この記事に使うセルフィーか参考写真を撮る時間があるだろうか?

ダウンタウンのAcneブティックは、奇妙な中間領域

私は、ブラック レザーのスリングバック パンプスを仔細に眺める。内側のピンクが、今いる区画の中央に並ぶI字型の梁の色と調和している。と、死角から2人の女性が出現して、もう少しで私とぶつかりそうになる。私たちは笑う。慌ただしい都会では、あまりにも多く通り過ぎる肉体を、人間として認識しなくなる。だから、孤独を感じる。毎日人が溢れる観光のメッカ、ソーホーのような地域では、特にそうだ。一瞬の出会いを演出して、大都市生活の特徴である無関心な非人間性を貫通すべく、Acneの店舗は設計されたかのようだ。 その衝動が北欧の荒野の精神であるにせよ、はたまた奇妙な閉所恐怖症であるにせよ、予期せぬ親近感は喜ばしい副産物だ。

この店舗で感じる居心地の良さには、実用的な構成要素もある。洋服との距離が非常に近いので、触れずにいられないのだ。そして衝動買いが発生する。中央の部屋に足を踏み入れると、私はすぐ横の、女性のレザー商品を並べた小さな棚に気付く。その中に、ボディ部分にバイカー ジャケットのディテールをほどこしたジャンプスーツ。ハリと光沢のあるレザーにそそられる。しかし、男性サイズはないことを知って、正直私はホッとする。

引き続きショップを横断して、メンズウェアのコーナーに戻る。先ほど接客してくれた店員に礼を述べ、出口へ向かう。ガラスのドアに近付くと、ステップに腰掛けてストリート スタイルを撮影中のブロガーがいる。そこで、このスペースの感想を尋ねてみる。「迷路みたいで、私は好きだわ。家みたいで、でも寂しいけどね」。賭けてもいい。ショッピングの後にどんな気分になりたいかを100人に尋ねても、「寂しい」と答える人は絶対ひとりもいないはずだ。しかし、満足感は、往々にして、自分が求めていたことさえ知らなかった感情の形でやってくる。Acneのグリーン・ストリート店は、風変わりで直観と相容れない。だから、なおさら良い。私は何度も戻って来る。何か、気晴らしよりもっと深いものを感じさせてくれるから。満点が5つ星だとしたら星4つ。ぜひお勧めしたい。

予期せぬ親近感は、喜ばしい副産物
  • 文: Adam Wray
  • 画像提供: Acne Studios